まず、人間は社会の中で生きていますわな。
 だから、職業について考えなければならない。
それは単に、自分の親がサラリーマンだったから、遺産や何かで 食べていくことが出来ないのは明白だったからです。
 そこで、「考えることが仕事になる仕事は何か」ということを 考えました。ただ単に、考えることと本を読むことが好きだった からです。
 父親が医者だったので、医者になるのが素直な 選択でしたが、医者というのはまあ、素晴らしい職業ではあるものの、 一種のサービス業だと考えたのです。
 もちろん、経済関係として考えると、第3次産業より上の産業は ないわけでしょうが。
 でも、
 ・小説家
 ・ぷー太郎
 ・お坊さん
 ・老人
なんかは、自分にとっては非常に魅力的な職業(立場?)に思われました。
 そこで、なんで科学者を選んだかというと、 生き物について知りたかったことがあるからです。 それともう一つ、考えることがここまで体制によって保護されている 考える職業というのも珍しいでしょう。 さらにもう一つ、私は理科は苦手だったのですが、 私の好きな本を書いている人々は、文明について考えているんだが、 どうしても、科学技術文明の科学技術たる部分が弱いような気がした。
 ということで、科学者のフリをすることにしました。

 さて、生き物についてですが、 まず、何もないところから生き物がなんで存在する ようになったのかということを知りたいのです。 どなたでも知りたいと思ったことは一度や二度はあるでしょう。 それをもう少し、根気よく考えたいと思った。
 似たような疑問として、宇宙の始まりについては、というものもあるが、 まあ、自分の頭では無理だと思った。

 さて、ここからは意見の分かれるところでしょうが、 私は今の生命についての科学は、3つの大きな流れがあると考えています。 順番に説明します。

 一つは、「生物を構成している基本的な単位をどんどん細かく調べていこう」 という考え方。これは、分子生物学とか生化学と呼ばれています。 高校の生物の教科書を出すまでもなく、みなさんご存知でしょう。 遺伝子の本体はDNAであるとか、神経細胞には これこれというニューロトランスミッター分子があるとか。 でも、ここは極めて個人的な見解なのですが、また偏見もありますが、 分子生物学で判るのは、生命現象という壮大なドラマの登場人物 が誰かということだけです。登場人物を特定することは重要な作業です。 また、それがわかれば「薬」を作ることが出来ます。 たとえば、これこれという酵素が足りないからこの病気になる、 ということがわかれば、単純には、その酵素を補ってあげれば 病気は治るわけです。
 でも、ドラマの例でおわかりのように、結局、その登場人物が具体的に どのように時間と空間(細胞という水溶液です)の中で相互作用しあうのか、 ということがわからなければ、生命現象について理解したと まがりなりにも納得することは難しいのではないでしょうか。

 ということで最近注目されているのが、 「非線型科学、複雑系の科学」という分野です。 これは、自然現象を波として捕らえる方法です。
 雲が規則的にならんでいるのも、砂漠の風紋も、レーザーが発振するのも 、消化のリズムも似通った方法で考えることが出来るということで、 非常に夢があります。 さらに、簡単なものから複雑なものが生まれるプロセスを説明しようとも しています。
 ところが、この方向から生命現象を突っ込む難しさに、 実際の登場人物からあまりにもかけ離れたモデルで考えてしまいがちだ ということがあります。ある程度の単純化は必要なのですが、 分子生物学をやっている人が知っている生命の多様性からすると、 どうしても「もっと本物の生命は難しいんだよ」と思ってしまうのです。
 でも、非線型科学には、先ほど述べた 「時間と空間の中での相互作用」を物理的に説明しようという意欲は みなぎっています。

 もう一つ、これは私が現在やっているものですが、 「物性」という分野があります。
 これは、現実にあるモノが どのような「時間と空間の中での相互作用」をやっているのか、 ということを調べていく分野ですが、上の二つより、実は古い学問です。 というか、この三つは便宜上分けただけで、実はこの三つじたいが 明確に分けることは出来ない側面もあります。
 これは、地味ですが、確実さをねらっています。 また、非線型科学ほど壮大な議論はしにくいです。 ですが、「現実にある」モノのふるまいを考えているという最大の 利点があります。そのため、どうしても省略化の度合いが細かくなるのです。 また、私は「生命の起源」を考えたいわけなので、この思考方法は 避けては通れないと思い、今やっています。

 ということで、生命がどうして誕生したのか、という答えは 上の3つの「攻め方」のちょうど真ん中に、暗いブラックホールのように あると、私は思っています。そこに、ぽっかり穴があいているのが、 現時点での自然科学ではなかろうかと思います。

 ということで、「生命の基礎となっている物質の現実の(水溶液中の)姿」 を、計算機の中で再現している、というのが今の私の本業です。
 いずれは、その高分子どうしの相互作用がどのようなドラマとして、 生命の起源に至ったか、ということを計算機上で再現したいというのが 野望です。でも、これには長い道程がありますので、 多分、一生かかっても難しいのではないかと思います。