Secret of Dessert

その店に私が連れて行かれたのは、酷暑をとおしての移動に疲れ果てていて、旅人として不注意だったからではなく、この地域には珍しく黒いベールを被った女が案内の人として現れたからであった。もう辺りはすっかり暗くなっていたが、女は込み入ったスークの間を風のように通り抜けて行き、ときどき振り返っては暗示をかけるかのように私を凝視した。スークがとぎれた場所で、女は立ち止まった。風に晒された土煉瓦造りの民家風の建物だったが、ペンキの剥げかけたドアが女の手によって勢いよく開けられると、鼻を衝くような香りがたちこめ、瞬時に店の正体を現した。恰幅の良い、髭をたっぷりと蓄えた主人が迎え入れた。女にシャーイを持ってこさせ、商談はさっそくはじまった。

…これらの香料はすべて、ファーヨームでとれた天然の花を絞って作られたものなんです。西欧の有名化粧品も、我が邦の香料をアルコールで薄めたものがほとんどなんですよ。こうして、グラスの水と混ぜてみましょう。なかなか混ざらないですね。

十年以上も前、初めてこの地に辿りついたときに何度か聞いたのとほとんど変わらない、異邦人むけの説明が続いていた。疲労と、蒸せかえるような香りに、睡魔が近づいてくるのを感じた。眠らないために、側に立って事の終わるのを待っている女の、唯一ベールを被っていない眼を見ていた。濃いアイシャドーの中に褐色の瞳が妖しく光を放っている。ふと、一度だけ関係したことのあるアレクサンドリアの女のことを、思いだした。あの頃よく耳にした舞踏のリズムが、記憶の底でくすぶりはじめていた。

…これなんか、どうです?

主人はおもむろに箱の中から一瓶の黄色い液体を取り上げて云った。

…今までのものを、絶妙な具合で調合したものに、僅かに別のエッセンスを加えたものですよ。あなた、彼女いる?

…ブラヴォー。じゃあ、夜、ベッドのなかで、これを三滴、彼女のここと、ここと、ここに、垂らしなさい。素敵な夜になりますよ。彼女はすっかりその気になって、あなたは一晩中元気そのもの…フフ。

…さあて、説明は終わった。どれになさいます?もちろん、最後のこれですね。そうそう、この名前を申し上げるのを忘れました。“Secret of Dessert”、沙漠の秘密…

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Orpheus Gauche (1994)