粘菌変形体糸における自励振動の振る舞い
−定常状態における角振動数ゆらぎ−東京工業大学 生命理工学部 槌屋研究室 (非平衡・非線形物理学,生物物理学) (1996 年 3 月)
真性粘菌変形体の結合振動子力学系としての自己組織化過程と機能 一般研究(C)
真性粘菌 (Physarum polycephalum) の変形体は網目状に広がった 多核単細胞生物であり, その個体として統一のとれた行動は, 全体がすぐれた情報処理系として機能していることを示唆する.
その構成要素である変形体糸は, 原形質ゲルからなる管状構造をしていて, その管の内部を原形質ゲルは 1 〜 2 分周期で流動の方向が変わるという 往復流動をしている. この往復原形質流動は圧力流であり, アクトミオシン系による 変形体糸の収縮が原因である. これが変形体の駆動原理であることがこれまで明らかとなっている.
変形体糸を切り出し数 mg の重りをつけて吊すと, しばらくして 1 〜 2 分周期の自励振動現象が観測される. この自励振動を行なっている変形体糸に温度変化を与えた最近の 研究により, この現象を一次元結合振動子系のダイナミックスとして 記述できることが判ってきた. たとえば, 定常状態で振動している変形体糸に対して 温度を急激に下げるという刺激を与えると, 振動周期が一度長くなり, そこからやや短い状態で安定する (オーバーシュート現象). これは, 互いに引き込み動機している振動子集団の角振動数分布を 突然変化させることにより, 各振動子の同期状態が一度崩れ, その後より高い振動数で振動子が互いに引き込まれるというモデルで説明できる.
さて, 定常状態の自励振動をより詳細に観測すると, その振動数は 一定の振動数のまわりで揺らいでいることがわかる. その揺らぎ成分の与える分布と, 先に述べた各振動子の 角振動数分布との関連性を明らかにすることを目的として, 多くの定常状態のサンプルから振動数の揺らぎ成分を取り出して解析した.
実験は, 20 ℃に保った恒温槽に, 4 mg の重りをつけた 平均の長さ 12 mm の変形体糸の自励振動をビデオカメラにより 時系列データとして計算機に取り込んだ.
定常状態の角振動数分布をヒストグラムに表したところ, ガウス関数でフィッティングすることは出来ず, ローレンツ型関数でフィッティングするとデータとよく合うことが判った. これは, 観測時間のオーダーに対して, ゆらぎの緩和時間が average out されていることを意味する.