講義内容
講師 松林 伸幸 先生
タイトル 自由エネルギー計算:分子集合系における物質分配機能の理解と予測に向けて
分子シミュレーションの対象は、主に、分子の集合系である。分子集合系の(相対)安定性は自由エネルギー(差)で決定されるため、自由エネルギー計算は分子シミュレーションにおける最重要な解析の一つとなっている。例えば、化学反応における平衡定数や速度定数,溶液系における溶解度、ミセルや脂質膜などの自己組織化集合系への物質分配、タンパク質への基質結合、相挙動といった過程の理解には,自由エネルギーの解析が必須である。本講演では、分子集合系に対する異種分子の分配(すなわち、溶解、結合、認識など)を理解し予測するための自由エネルギー計算手法を解説する。古典統計力学の枠内における代表的な厳密手法を示し、誤差最小化の考えに基づいて自由エネルギー計算を効率化する手法について述べる。次いで、溶液分布関数理論の概説とそれを用いた高速近似計算法の紹介に進む。ここでは、液体系への溶解のみならず、ミセル・脂質膜のような自己組織化系への異種分子の分配まで、ソフトな分子集合系への異種分子の導入を「溶媒和」として捉え、普遍化した溶媒和概念に立脚して溶液(超臨界流体やイオン液体を含む)・ミセル・脂質膜・界面・ポリマー・タンパク質への物質分配を統一的に解析する。密度汎関数理論の定式化と近似の導入によって、分子シミュレーションにおける自由エネルギー計算が高速化するだけではなく、溶液理論が物理化学的な理解・解釈を与える枠組みとしても有用であることを示したい。
講師 荒井 規允 先生
タイトル ソフトマターの分子シミュレーション
ソフトマターとは,高分子や液晶,コロイド,生体膜など,柔らかく外力に対して複雑な応答を示す物質のことで,その複雑な応答を利用し食品や化粧品,医学材料など幅広い分野で用いられている.しかしソフトマターはその内部に非常に多くの自由度を有しているため,製品開発において望みの物性を手に入れるために,膨大な実験の回数とコストが費やされる.そのため数値シミュレーションによって,ソフトマターの特徴を理解したいというニーズがここ最近特に高まってきている.しかしながら,ソフトマターを対象としたシミュレーションは容易ではない.なぜならソフトマターの内部では,明確な階層構造が見られるからである.例えばミセル等のメソスケールの分子集合体が存在し,分子・原子だけではなく,このスケールの性質もマクロスケールの性質(弾性率や粘度等)に大きく寄与することがわかっている.
今回は,材料力学の基礎から始め,レオロジー入門程度までの内容を講義する.さらに,ソフトマターを解析するための計算手法を解説し,それらの適用例をいくつか紹介する.前述のようにソフトマターを対象としたシミュレーションは容易ではなく,現在でもチャレンジングな課題である.本講義を通して,ソフトマターを対象としたシミュレーションに挑戦してくれる人が増えてくれることを期待しています.
今回は,材料力学の基礎から始め,レオロジー入門程度までの内容を講義する.さらに,ソフトマターを解析するための計算手法を解説し,それらの適用例をいくつか紹介する.前述のようにソフトマターを対象としたシミュレーションは容易ではなく,現在でもチャレンジングな課題である.本講義を通して,ソフトマターを対象としたシミュレーションに挑戦してくれる人が増えてくれることを期待しています.
講師 茂本 勇 先生
タイトル 企業研究における分子シミュレーションの役割
当たり前のことであるが,企業における研究は,最終的には「企業の収益に貢献する」ことが求められる。大学の研究はシーズ志向であることが多いのに対して,企業は明確にニーズ志向であると言ってもよい。しかし,それは目の前のニーズだけに取り組むことを意味しない。将来の事業につながる大きな成果を得るには,長期的な取り組みがどうしても必要である。東レでは,深は新,すなわち普遍を極めて新しい価値を生むという理念の下に長期的な研究開発を行っている。分子シミュレーションの積極的な活用もその一環である。
本講義では,東レにおける分子シミュレーション活用例として,燃料電池電解質膜や海水淡水化膜などの高分子機能膜を中心とする事例を紹介する。現実の材料はきわめて多様かつ複雑であり,材料をまるごと分子シミュレーションの対象にするのは,現在のペタFLOPS級のスーパーコンピュータをもってしても不可能と言わざるを得ない。研究の価値を決めるのはコンピュータの大小ではなく,現象の本質を切り出すモデル化の巧拙と言ってよい。皆さんには,分子シミュレーションは使い方次第で,単なる現象解明に止まらない様々な可能性があることを紹介したいと考えている。
講義の後半では,企業における分子シミュレーション研究者の役割について,演者がシミュレーション専任の企業研究者として歩んできた20年間を振り返りつつ,皆さんと自由に議論しながら考えてみたい。
本講義では,東レにおける分子シミュレーション活用例として,燃料電池電解質膜や海水淡水化膜などの高分子機能膜を中心とする事例を紹介する。現実の材料はきわめて多様かつ複雑であり,材料をまるごと分子シミュレーションの対象にするのは,現在のペタFLOPS級のスーパーコンピュータをもってしても不可能と言わざるを得ない。研究の価値を決めるのはコンピュータの大小ではなく,現象の本質を切り出すモデル化の巧拙と言ってよい。皆さんには,分子シミュレーションは使い方次第で,単なる現象解明に止まらない様々な可能性があることを紹介したいと考えている。
講義の後半では,企業における分子シミュレーション研究者の役割について,演者がシミュレーション専任の企業研究者として歩んできた20年間を振り返りつつ,皆さんと自由に議論しながら考えてみたい。
講師 古石 貴裕 先生
タイトル 固体表面近傍における水の分子動力学シミュレーション
分子動力学シミュレーションの魅力は、自分が興味を持った対象をコンピュータ内に原子レベルで再現できることである。その過程は、小規模ではあるが天地創生のようなもので、何もないところに原子を配置し、それらの相互作用を決め、運動の法則を設定する、というものである。できた系における原子の動きが現実のものに近ければ、その動きをつぶさに調べることで、現実の世界で起こっているであろうことを原子レベルで知ることができる。
このような分子動力学シミュレーションの特徴を生かして研究を行うには、正しくシミュレーションを実行し、得られたデータから意味のある結果を導き出す必要がある。本講義では基礎的な分子動力学シミュレーションの実行方法及び解析方法と、それらの応用として固体表面近くにおける水の挙動を調べた研究結果について述べる。
応用で紹介する研究は、水中に疎水性の板を配置したときの水分子の挙動を調べたものや、平滑及び凹凸のある固体平面に水滴を配置したときの水滴の状態を調べたものなどである。疎水性とは水との親和性が低いことであり、例えば表面が疎水性である場合、その表面は水を弾く撥水効果を持つことになる。分子動力学シミュレーションでは疎水性を表す特別な相互作用を導入することなく、水や疎水性原子の相互作用を適切に設定することで、水分子が自然と疎水原子から離れるような振る舞いを再現できる。このような疎水原子を用いて、水中に狭い間隔で配置した二つ疎水性の板の間から水が抜け出しナノバブルが生じることや、超撥水面である凹凸疎水性表面での水滴の挙動を調べる研究をこれまで行ってきたので、これらの結果についても紹介する予定である。
このような分子動力学シミュレーションの特徴を生かして研究を行うには、正しくシミュレーションを実行し、得られたデータから意味のある結果を導き出す必要がある。本講義では基礎的な分子動力学シミュレーションの実行方法及び解析方法と、それらの応用として固体表面近くにおける水の挙動を調べた研究結果について述べる。
応用で紹介する研究は、水中に疎水性の板を配置したときの水分子の挙動を調べたものや、平滑及び凹凸のある固体平面に水滴を配置したときの水滴の状態を調べたものなどである。疎水性とは水との親和性が低いことであり、例えば表面が疎水性である場合、その表面は水を弾く撥水効果を持つことになる。分子動力学シミュレーションでは疎水性を表す特別な相互作用を導入することなく、水や疎水性原子の相互作用を適切に設定することで、水分子が自然と疎水原子から離れるような振る舞いを再現できる。このような疎水原子を用いて、水中に狭い間隔で配置した二つ疎水性の板の間から水が抜け出しナノバブルが生じることや、超撥水面である凹凸疎水性表面での水滴の挙動を調べる研究をこれまで行ってきたので、これらの結果についても紹介する予定である。