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 V.D.Buninさんに出会えたのは、何よりもの幸福だった。
 学会のWelcome Partyのあと、僕は道に迷ってもう一度パーティー 会場となったホールに戻ってきてしまった。ホールでは、 ロシア側のスタッフが後片付けをしていた。とにかく、その建物は ロマノフ王朝の大公の宮殿の跡だけあって、装飾品やら鍵盤楽器が そこら中に散らばっているという感じだった。ホールの片隅にある 古いピアノの蓋を開けてみた。
 象牙色の鍵盤をぱらぱらと触っていると、音を聞きつけて やってきたのが、ブーニンさんだった。彼は、にこっと笑って、 「イエスタディ」を弾き始めた。装飾音は押さえられていて、 リズムがとても心地よい演奏だった。次に、ロシア民謡を弾き始めた。 すると、今まで談笑していたロシアのスタッフたちが集まってきて、 みんなで歌い始めたのだ。歌とこれば踊り、ということで、 僕もプラチナ色の美しい髪の女性と踊った。
 会場係りのおばさんが電灯をつけたり消したりして我々を追い立てるまで、 即興の二次会は続いた。
 それから、学会の最終日までブーニンさんとはいろいろな話をしたり、 レコード店に連れていってもらったりした。
 彼は、72年に、ヤマハのシンセサイザーを持って、オーケストラをバックに シベリアへ演奏旅行に行ったそうだ。ロシアでシンセサイザーを使った 草分けということだった。「じゃあ、当時はすごいでしょう、ビートルズが 現役だったんでしょう?」、というと、そう、ロンドンに物理の仕事で 行くときに、レコードをめいっぱい買い集めて来たり、ライブに行きまくった 話をしてくれた。やりようによっては、物理屋は、とても楽しい職業だ。
 この写真は、いよいよモスクワに帰ると、僕の部屋を訪ねてきたときに 二人で撮った写真だ。