2000年9-10月のWhat's New!


最新のWhat's New
ここからしか飛べない過去のページもあるよ。


10 月 31 日: 受賞

今回の芥川賞を受賞された駒場の松浦寿輝教授が, そのときの模様を学内報に皮肉たっぷりに書かれているのを読んで, あー面白いなぁと思ったのでした. 曰く, 芥川賞を受賞するということと, 自分の作品とは何の内的な 関係はない, と. なのに, 人々は 10 人だかの選考委員が御墨付を 与えたということだけに対して反応していて, 大変な盛り上がり様だと. その選考委員にしても, 大した作品を書いている訳でもなく, 受賞者にしても, 本当に凄い受賞作なんて数えるほどしかないではないか. テレビ関係者などは, やれテレビに出ませんかと電話をひっきりなしに かけてきて, 自分はテレビというものが嫌いだからと断ると, 怪訝な態度をとる. そもそも, 芥川賞は新人に贈られるものなのに 40 代の大学教授が出てくるのは期待に違うのではないか. 云々. .

わしが言ってるのではありませんよ. 因みに. わしは他人に褒められるという経験が, これまで生きてきて 数えるほどしかないので, 万が一他人に褒められると, どう取り乱すか知れたものではありません.

それでも論旨に対しては激しく同意いたします. だって, 松浦さんといえば「ウサギのダンス」でしょう? あの方はわしにとっては 10 年以上昔から有名な詩人です. たとえば H 氏賞については, テレビも新聞もろくに報道しないのに, どうして小説については, こんなに扱いが違うのでしょうかね. 詩は難解だから? 馬鹿をいっちゃいけません. わしにとっては, 松浦さんの小説の方が詩より難解です. それは読者によるんです. なので, 受賞騒ぎと, 作品の本質とは全く関係ないということになります.

てなことを同室の方と話していたら, それにしても君は 高分子電解質だの電気光学だの土佐錦魚だの, 全部趣向が一緒だねぇと いうようなことを言われました. なんか知らんけどそうなる. なんだか社会生活を送る上で損をしている ような気がするが, とても幸せだから放っておいていただきたい. それにしても, 何でしょう. 他人様に, ちやほやされないものをあえて 選んでいるわけではありません. 椎名林檎は結構好きです. なんのこっちゃ.

ここで, 魂の問題に強引にいきつくことにする. 結局のところ, ものごとの本質というのは多くの人にとってどうでもいいのではないか. 本質を考えるということは疲れる. 私は, 生命現象の本質について考えはじめたら高分子電解質に至ったわけだが, ものすごく疲れる作業の上に成り立っているものなので, 多くの人にとっては 疲れるだけのことなのだ. だって, そこに至るまで分子生物学や統計力学だけじゃなくて, 詩や音楽をも必要とするんだぜ. たとえば, 詩だの音楽だけを取り上げても, こういうものは 魂の亀裂から生じるものだ. 音楽を聞いて救われるというのは, 生じてしまった亀裂をなんとかするために求めるものであり, 音楽を作ることは, 自分だけが抱えこんでしまったと思われる亀裂を 外部に放出することでなんとかなろうというものだ. 魂の亀裂がなければ, あるいはそれを認識しなければ, ものごとの本質と出会うことはなくて, かえってそんなことを ぐだぐだ申し述べたり, 著述したり, 歌ったりしていることは 迷惑で疲れることなのだ. 人間の欲望なんて金と名誉とセックスだけにしてくれ (あと満腹も). それ以外の, 詩や数式や音楽だけでしか表現できないような 得体の知れない欲望については, 「某さん受賞!おめでとう!」という 社会現象のコンクリート壁の中に閉じ込めておいてくれ. それ以外の廃棄計画はないんです. たまに放射能洩れが起きたりするが, なかったことにしましょう.

めでたし, めでたし.

10 月 28 日: 暇人研究者

柳沢先生が 2 ちゃんねる登場. 続き. って, 「エンドセリン発見」の凄さというのが判らないので, 何とも言えない ところもあるのだが. . .

わしは予てから, ネット生活を送る上での「匿名性」に対して否定的であります. 消極的な理由は, 本来ネットは匿名空間でなかった時代が長く続いていたことが あります. もう少し積極的な理由は, 人は何らかの意思あるいは主張を 表示するときに, 言論の一貫性が必要だと思うからです. 名乗る, ということは人間だけに可能な, 崇高な出来事です. なのでハンドルネームを使うのまでは, まぁ良しとして, というのは ハンドルネームはニックネームのようなものだと考えれば良いでしょう. たとえば Gerald. S. Manning さんは自分のメールに「Jerry」と書かれますが, あ, あの厳めしい顔して「ジェ, ジェ, ジェリー」っすか? と笑えることがあったり. . .

言論の一貫性を保つのは難しい. 心というのは不連続なものですから. でも, 一貫性のない言論は寂しい. とにかく, 私は私であってあなたはあなたでいてくれなければ, 対話というものは成り立たないだろう.

ということで, 2 ちゃんねるは存在そのものが虚しいわけですが, 何を血迷ったのか柳沢先生本人が登場したみたい. で, もっと面白いのが, このサイトのお約束で「荒す」人々が 現れるわけです. 匿名で因縁をつけてくる. 普通は, こうなると本人は気が滅入って書かなくなるものですが, この方の場合, 「荒し」をことごとくかわす. 本人であることは, 書かれた言葉そのものがそれを証明している. そりゃ, 厳密には証明不可能ですよ. たとえば, 本人の使っているメールサーバの AOL をクラックして偽称すれば, 本人になりすませるわけですし, 思いつかないけど他にも抜道は あるでしょう. でも, ある言葉を書いた当人が, その次ぎに告げる 言葉の内容でもって連続性を示す, というのは本質的に何かを語る 資格のあることを示す唯一の方法だと思います. それが見られたので面白いと言っているわけです.

それにしても, どうして多くの人は, 自分の言葉が続かないように 見えるのでしょうか. 詩神が去って, 砂漠の商人になった アルチュール ランボオのような体験を皆がしているのでしょうか. あー, そうかもしれない. このような象徴的な例でなく, もっと激しく日常的な不連続性を抱えていると仮定するほうが 自然なのかもしれません. でも, 仮想的であれ, どうして 多くの人は連続性を持っている「ふり」をすること, その努力を 放棄しているように見えるのでしょうか. そう, 問い直した方がいいかもしれない. 匿名になるということは, 不連続性の法則に自ら身を委ねる, 自分の名前を途切れ途切れの存在に貶めることなのに, そこから何か喜びを見出せるのでしょうか. うーむ, 一つ考えられる理由は, 毎日「連続であれ」ということを 強要されている人にとっては, その連続性が自分の望みと異なる場合は, この貶めは一種の被虐的な快楽をもたらすのかもしれません.

これだ. これが嫌なんですわ.

10 月 23 日: 海の上のピアニスト

今日は映画の話を書きますよ.

といっても, わたしゃ映画はほとんど見ません. 偶然見る映画しか見ません. あー, これって音楽でも詩でも何でもそうでして. . . なので, わたしゃ評論家にはなれません. なりたくもないし. これについては 好きなエピソードが一つあって, 詩人の吉岡実さんが文学に詳しい人々と サロン的な雰囲気の中でナブコフについて話しているとき, あー, ナブコフ, ナブコフって「ロリコン」の「ロリータ」を書いたナブコフですか? というようなことを言って, その場がシーンっとなったという話です.

そもそも, 良いものを作る人って 25 歳とか 30 歳で死んでる人がたくさん いるでしょう? 良いものを作るためには, 詩なり音楽なり, それを網羅している必要は全くないと思うのです. コミットしている必要はあるが. 却って, 余分な知識は邪魔なのではないかとすら思う. 自然科学の研究だって同じで, アインシュタインはブラウン運動の理論を 作るにあたってブラウンの実験は知らなかったというのは有名な話ですし, 最近だって青色 LED を発見した中村さんは, 出来るだけ他人の論文を 読まないようにしていたとか. これは逆にいうと, 良い評論, 良いマスコミが必要な理由だと思います. 良い作者はいるのに良いマスコミがない社会というのは不幸でしょう.

さて, そんなわしの一番素晴しいと思っている映画は, 鷲の辞典にも 書いてありますエルンスト ルビッチの「生きるべきか死ぬべきか」です. どこだったか忘れたが小さな映画館で観た. でもまぁ, 3 年前まで VHS のビデオデッキを所有していなかった (βならあったのですが. . ) わしが言うのですから信憑性については 気にしないで下さい.

そんなこんなで, 「海の上のピアニスト」は昨日ビデオで観たのですが, これは久しぶりに良い映画でした. トルナトーレとモリコーネなので, わし的なツボにはまっているのは 間違いありませんわ. 1900 という, この人, 金魚みたいな人生なんですね. ずっと丸鉢の中で暮らしている. もちろん, 水の生き物と陸の生き物の 違いで, 彼の場合は丸鉢の方が水の上を漂うわけですが. ピアノを弾くことも, 作曲することも, 誰にも習う必要はない, ということのリアリティを実感できなければ誤解する箇所が多そうです. たとえば, ジャズの創始者だ, というおじさんがピアノの決闘を 挑むために船に乗り込んで来るのですが, 1900 は彼のピアノを聞いて 涙を流します. あれは皮肉ではなくて本当に感動している んだと思うのです. 聞いたばかりの曲を, 1900 は自分のアレンジで 弾き直しますが, 音楽史の進歩の一瞬を捉えているかのようです. つまり, 感動する, 真似る, 歪める (新しい音楽にする), という. . .

けれども, 1900 の音楽は移動丸鉢の外には出ていきません. 「トゥルーマン ショウ」と似たような構図ですが, ジム キャリーは丸鉢から出て行く, という大きな違いがあります. これはハリウッドとイタリア映画の違いなんですか? あんなに勇敢に自分の意思で出て行く, というのはチト楽天的だと 思うのは気のせいでしょうか. 出て行くとしたら, 渋々, 恐れを抱いて, 精神的に「死ぬ」ことを 覚悟して, 出て行くんではないでしょうか. それで 1900 は出て行かないという選択をするのですが, これは映画ですからね. 映画だったら, そういう選択は成り立つだろう.

でも, わたしゃ常々思っているのです. 人間は 何度も死にながら, 間抜けな現実を生きていかざるを得ないものなのでは ないでしょうか. 不様に, 詩的とは正反対に, 愚直に. その点, これも最近のイタリア映画ですが「ライフイズビューティフル」 のお父さんが, 殺されてしまうというのは, さらにひねりが 効いていると思いました. あのお父さんは, 愚直にも生きようと しているのですが, つまり間抜けな「生」を受け入れていて, さらに 自分の意思とは関係ない残酷な現実によって殺されるんです. 随分とシニカルな感動ですね. ルビッチの「笑い」に相通ずるのは, こちらの方だと思います.

が, 音楽の映画だから「海の上のピアニスト」は好きだな. あの曲の, 歌詞はいただけないが. . .

10 月 20 日: Poor man's ...

ブルガリアの学会のわしの発表に関して, 内容については興味がない人にも 「そのポスターはどうやって作ったんだ」と度々聞かれた. ふふふ. 会場で一番美しいポスターだったからな. 「全部 Linux のフリーのソフトで作ったんですよ」と答えると, みんな驚いていた. 実は研究内容についての議論よりも, Linux 伝道に費した時間の方が 多かったりして (そんなことはありません, 念のため).

Linux が 「Poor man's SUN」と呼ばれたのは昔の話で, うちの研究室には SUN もあるんだけど圧到的に Linux 機の方が使いやすい. 正確にいうと, 同じ速さの計算機だったらアーキテクチャが Sparc でも i386 (i686) でも, Debian を載せてしまえば変わらないんだけど, コストに見合わない.

グラフは gnuplot+ で描いて, ビットマップは gimp, ベクトル画は tgif, 数式は TeX, プレゼンテーションの様式に当てはめるのは magic point, プリントアウトは ghostscript. とても標準的だ. プリンタは epson の 1994 年の MJ700V2C, 中古で売ってたら 3000 円くらいじゃない? フォトクオリティのプリンタ用紙が 20 枚で 1000 円弱. インクが黒と残りの 3 色で 4000 円. 使った用紙は 40 枚強だから, 消耗品は全部で 6000 円くらいだろうか.

5 年以上前のインクジェットプリンタでも, 文字やイラストならば充分に 美しく出力できることを教えていただいたのは, 生化学の赤沼先生であった. コツは, 用紙に充分なお金をかけることである. といっても, たかが知れている. この建物に 2 台しかないカラーレーザー (もう一台は浅島研) を持っている 先生のお勧めなのだから, 間違いない. というか, 生化学や分子生物学の 人の方が, 写真を使いまくるので印刷にはよほど厳しいと思われる.

これだけ低コストならば, 東欧でも研究費 10 万円のところでも やっていけると. そのためのノウハウならば充分な蓄積があるよ, と.

で!?

10 月 17 日: 下痢

が, やっと治った.
詳しくは, バルカン日誌 をどうぞ.

10 月 4 日: 文庫本

毎日の往き帰りは, 自転車で緑道をずーっと走っていくのですが, 緑道の切れるところにバイク便のお兄さんたちの基地, たまり場が あります. 毎朝, 通りがかると 2, 3 人が外で日向ぼっこをしています. その中の一人がいつ見ても, 座り込んで俯いたままで, 文庫本を熱心に読んでいるのです. 何を読んでいるのか訊きたいのですが, 別に訊かない. でもそれがたとえば, 大藪春彦のハードボイルドだったら, ちょうど良いところにさしかかったところで, 自分の仕事の出番が来たりして, 結末が気になって気になってしかたがない, しかたがないけど安全運転, って感じなのでしょうか.

10 月 2 日: ビザ

旅行会社から送られてきた書類には, ブルガリアの入国ビザが必要だと 書いてありまして, そんな筈はないと思い大使館に電話で問い合わせたところ, 30 日以内の滞在なら (観光目的であれ仕事目的であれ) 必要ないとの ことでした.

私見によると, 昨年頃から必要なくなったようです. 「地球の歩き方 ブルガリア・ルーマニア編」には, まだ間違った記述が載っています.

どうでもいいですが, これだけのことを聞きたかっただけなのですが, 12 時 30 分頃に電話をかけたら, 「15 分後にかけなおしてくれ」と おっちゃんに言われました. うーむ, 昼休みなのでしょうか. このあたりが, なんとなく旧社会主義国ですねぇ(笑). ロシアの大使館のお姉さん 3 人も, 非常に官僚的な態度で怖かったです. まぁ, 日本の在外大使館がひどいものだということも有名ですが. 因みに, 旧社会主義国の大使館は軒並, 日本語を話せるスタッフが 対応してくれることはないと思っておいた方がいいでしょう. まぁ, これも日本の在外大使館で現地語を話せるスタッフをちゃんと活用しているか どうかも怪しいことを考えればそれほど不自然ではありませんが. . でも, エジプト大使館は, 友人が勤めていたから庇うわけではありませんが, もうちょっと親切だったと思います. 観光を業にしているかどうかも ポイントの一つなのではないでしょうか.

9 月 29 日: 貧乏人がタダ酒を飲むと. .

仙台では, 必殺手書き OHP が炸裂 (笑). さすがにほとんど手書きで講演をしたのは初めてだけど, 要は中身です. はは. . .

久しぶりの徹夜続きなので, バスの中ではぐっすり眠れました. 東京駅前で乗ったんだけど, 上野の停留所を過ぎたらバタっと寝て, 起きたら朝の仙台でした. 最近, 乗物が得意になったのかなぁ.

朝一の御報告なので, そっから後は夕方までボスと二人で松島観光. 東北大学から松島海岸まで 1 時間かからなかったっすよ. 生牡蛎食ったら, うまかったべ. 遊覧船にも乗ったぜ. 1 時間の島巡りで 1400 円. 地酒を昼間から飲んでいた. 良い商売だ, やめられん. 松島から帰ったら, ポスター発表をちょろっと見て, 夕方から飲み屋で磯料理をいただく. 70 分で 770 円で飲み放題, というので調子に乗って飲んでいたらボスも私も記憶がふっとんでいました. 貧乏人がタダ酒を飲むとこれだからいかん.

70 分で店を出た筈なのだが, 帰宅した時間から逆算すると, どうも 2 時間以上いたような気がする. 何をやっていたんでしょう? 近所の研究室の関西弁の先生が, 実は横浜出身で大学だけ京都大学だと いうような話を聞いたような. そ, それは関東や中部から関西に 行く人にありがちな, 「エセ関西人」ではないか. わしの友達でも, のむーという人がそうです. (実名) 貧乏人がタダ酒を飲むとこれだからいかん.

ともかく, 「萩の月」を買って帰るのを忘れてしまった. . . 今朝は今朝で, 朝からヤボ用で通勤電車に乗って, さらに 11 月の学会の原稿を書いています. わしは学会がないと仕事をまとめないので学会は必要悪なのですが, 今年だけで 6 回くらい御報告してる (うち 2 回が海外) ので, 財布も寂しくなるし, 大丈夫でしょうか? もう疲れましたわ.

9 月 26 日: ばいやー

ところで, 24 日の記録, ますます誤解を増殖させてる? たとえば, 「大三元 面子 決め打ち」なんかでも, このページがヒットしますね.

こういうとき, ばいやー, ずいまー, などと言ってました.

まずいといえば, もっとやばいのが, 明日の夜行バスで仙台に行って, 朝 9 時から 学会で御報告するのですが, OHP が一枚も出来てない! 解析したてのデータってことで, モノクロでいいでしょうか? (って, ここで訊いてどうする). 「国内大会は予選で, オリンピックが決勝です」という千葉すずに あやかって, 来週のブルガリアにはカラーにして 持っていきたい. あー, オチは国内のオヤジに顰蹙かって出場できませんでした, てか.

↓こんなことやってる暇は, 実はなかったのだった. . .

9 月 24 日: どんなキーワードを使ってこの What's New! に来るの!?

以下でリンクされている言葉は全て, このページへいらっしゃった方が具体的にどのキーワードを 使ってやって来られたかのデータより作成しました. 具体的には, infoseek とか goo とか excite などで 実際に入力された文字列を, サーバの referer.log から抜き取ったもの. なんとなく, やってみたら面白かった. 《》このカッコ内全部でワンセット です.

さて, 《ミュゼットタンゴ 》 《シャンソン歌手》 このあたりは, ここに来る「正当派」でしょうか(笑). ようこそいらっしゃいましたという気分ですわ. 次も. 《アコーデオン扉 》 《ギネスブック アコーディオン 》 でも, 「ギネスブック」って. . .

この辺は, 誰が検索したか特定できてしまうがな. 《アコーディオン 坪川》 《ギタ− 坪川 》 《くものすカルテット》 《ビオロン》 他に, 著名な名前じゃない具体的な個人名 (わしの友達) もありました. 本人を知ってる人か, 本人を探している人か, 本人そのものか, でしょう. ということは, 知合いである可能性が高い. . やはりここに無断で個人名は書くのまずいっすね. 個人名を看板にして生きてる人は別だけど (例: 熊沢).

この辺は, 老川さんのページに行った方がええな. 《レインボーカフェ 》 《MXTV》 ちなみに, 全角英数字は半角にした方がいいよ.

この辺は, 趣味が合いそう?? 《エルビス・コステロ》 《ピッチカートファイブ》 《バーンスタイン 巨人 ライブ》 因みに, この方が探しておられるのは「バーンスタインが指揮した マーラーの第一交響曲『巨人』のライブ盤」なんだろうけど, 巨人が野球の「ジャイ」で, ライブが「ケチャンバンド」で 申し訳ない. . . . 《ウエストサイドストーリー》 似たようなの.

たて続けに, 《パッフェルベル アレンジ》 《カノン key 音 楽譜》 この世に, 「パッフェルベルのカノン」を編曲したい人が 確実に 1 名いらっしゃるようです. それにしても, キーワードが 4 つも合致してるのに, わしが書いたのが彼or彼女の意図と全然違う内容だというのが凄いですね. ホスト名とタイミング的に見て, 上記 2 例は多分同じ方だと思うんだけど, 2 度目にこのページを開いてしまったときは「アチャー」とか思ったのかな.

通販 楽譜 ササヤ 》 《スタジオ ルンデ》 これは, 下手なこと書いたらまずいということでしょうか. あー, 後悔.

ヨーヨー マ系って結構人気があるみたいっすよ. やはり. 《ヨーヨー 掲示板 チェロ》 しかも, 「ヨーヨー」で止めてるところが, 検索に慣れてる感じがする. レナード ローズやピアティゴルスキーでは不満ですか? ついでに, ピアソラ系も. 《アディオス ノニーノ》 《リベルタンゴ 携帯》 着メロ?

ごめん. 狙いはいいんだけど, あまり役に立つ情報がここには ないんだわ. 《datレコーダ》 《VS-1680 改造

五弦ベース》 これもごめん. ロクな情報じゃなくて.

ともかく, 音楽に興味を持っている方々が, 訪れる方のメインで ほっとしましたわ. 今後とも, このサイトは「音楽系サイト」を自称しましょう.

インテル入ってる 》 《自作 スパコン 》 《linux 留守 録音 》 《web端末 販売 》 《ホワイトノイズ ノイズキャンセラ》 《ノイズキャンセラ 携帯 》 情報, 計算機系です. これは, うちの linux や PocketBSD のページに来る 第一の方法でして, ここのサーバ全体ではこれ系が一番多い. どうでもいいけど, 「携帯電話」の話題を書いたことはない筈なのだが, ヒットすることが多い. 因みに, わしは携帯電話の電話帳に登録する方法を 知りません. 携帯からのメールの送り方も知りません (モバギ経由で使ってる). 携帯は持ってるだけ.

店や施設やイベントの探し物系. 《マリーゴールド 六本木》 《茶沢通り タウンホール 》 《ポンペイ展 大阪》 《新宿 デパート 売場》 《ボア セレスト》 どれも, このページは情報として役に立っていない.

地名, 海外系 《御獄山》 《由来 合目 富士山 》 《オスマン トルコ》 《アラビア語学校 教室》 個人的に聞いてくれたら連絡先などをお教えするのに. 《サウジアラビア リアド 生活》 赴任予定があるのですか? 《ペルー イワシ》 イワシって?

中央林間 パチンコ 日記 》 お前はだらけた東工大生か.

大三元 MP3》 墜ちてゆく〜.

エロ系. この「名古屋のホストクラブ」, やたら多いんだわ. 恐い. 《名古屋のホストクラブ 》 《名古屋のホスト》 《マイ ロリータ 光栄》 《プール ロリータ 横浜》 《エロ小説 自動生成 》 大丈夫か? みんな. (他人のこと言えんって!?)

マスターズに出るぞ》 あなた, それは文章やんか(笑). でも, わしも出たい. 《水泳インストラクター

足袋》 ??謎だ. 「足袋」, だけで探しますか? そんでもって, ここに来ますか?

白魔術 黒魔術》 ハマッてますか?

東工大 | 吉本隆明》 《立花隆 東大 講義 》 《プロジェクト杉田玄白》 お勉強系.

菜園 パセリ》 この方も, がっかりされたことでしょう. わしも, 菜園を作るときには, まずパセリを植えます.

職業系? 《速記 本 ノート 2倍》 「2 倍」というのが, どういう意味かわからんが笑える. 《科研費 デジカメ》 なんか, 切実やなぁ.

四文字熟語. 《知的快楽 》 《内職掲示板 》 五文字やんけ.

ドラゴンズ スクリーンセーバ》 ごめん, あったらわしも欲しい. ただし X Window 用.

宗教系. 《聖書の英語》 《原始キリスト教

風の王国 復活 》 「風の王国」なんて書きましたっけ. はい, 書きました. では, 「オシリス 石ノ神」も書いておこう. その繋がりは「二上山」. そういえば以前, 二上山に登ったという詩を書きました.

トヨタ 不具合 ラウム 》 この方は「ラウム」の「不具合」を探しているんですね. でも, やっぱラウムのことを探すなら, 《ラウマー 》 っすよ. 「足袋」などと違って, こういう一発で該当者を直撃する キーワードはいいですね(笑). 最初の人はラウマーの掲示板を探してくれたかな. ついでに, ラウムのチョロ Q が欲しい.

まだまだ他にもあるんですが, あまり長いとアレなので. . . 情報はセレクトしないと意味がない. Web ビジネスをやってる人は, こういう作業をもっと徹底的にすんのかな? はは. . .

ところで, 興味深いのは, 思いも寄らなかったキーワードによって 未知の人は, やって来られるということですわ. たとえば, 「ササヤ楽譜」を検索した結果ここに来たというログは, http://www.infoseek.co.jp/Titles?qt=%83T%83T%83%84%8Ay%95%88&sv=JY&lk=noframes&rt=JG こんなふうに書かれているのですが, 逆にここを辿ることによって, 自分が知りたかった情報にたどり着ける ことに気がついたとき, ああ面白いなぁと思ったのです.

ササヤについては, 別に死ぬほど知りたい訳ではない, 差し迫って知る必要があったらネット以外を含めてあらゆる手段を 使うわけですから. わしが書いた元の文章は, 「今でも大阪にあるのでしょうか, ササヤという楽譜屋. . . 」 ですが, これを読んで「今もササヤはありますよ」と メールなどで教えてくれる方は皆無です. でも, referer.log をこうして読むと, メールで教わるのと 似たような効果があるわけです. ちょっとイビツな双方向通信ではあるが, 「相手に意識させない」という点で とても現代的だと思います.

ついでに書くと, 自分のボキャブラリーの使い方, 貧困さ(笑) が判って 面白いです.

26 日 追記: まだまだ利用者が少ないようですが, kensaku.org, 個人名の検索などではなかなか使えますよ.

9 月 22 日: 先祖返り

なんだか最近は金魚だとか間取り図だとか, 先祖返り?を起こしている 今日この頃です. 突然やりたくなってきたのは, ガブリエル フォーレの 室内楽ですわ.

わしが本当に好きなのは音楽でも室内楽, そう室内楽だということは, もう, これは遠い昔からそうでありまして, チェロ弾きだから, これは業です. オーケストラでも弾いてたこともありますが, しょせんは何プルトもいますし, 金管が出て来るとかき消されてしまうので, ある特定の気分のとき以外は オーケストラは面白くない. あー, それから学生時代にありがちな 文化部系のノリが苦手ですし. でもって, 協奏曲は 自己陶酔の世界すぎて, 自分が下手なのが判っているから寂しいですし. やっぱり室内楽. 弦楽四重奏は社会の縮図, それもとても理想的な 社会なのだと, 一度だけお話したことのある武満徹さんが おっしゃっていましたが, その社会の中でチェロ弾きは良い立場なのです. 自分が弾くなら室内楽. ものすごく単純な動機です.

室内楽を, サロンの楽しみからステージ芸術に変えてしまった?のは, ベートーヴェン, それも第 7 番から 9 番までの「ラズモフスキー」 カルテットだということはご存知かと思いますが, それより後の作品の中で 最も室内楽に入れ込んでいる作曲家はブラームスだということも, 室内楽好きの皆さまならご存知でしょう. でもって, ブラームスに 飽きてきたら, ちょっと先祖返りしてシューマン, それも中期ではなく 後期の狂ったピアノ トリオに行くか, それとも我らがフォーレでしょう.

フォーレは, 大きな室内楽作品は 10 曲もあります (小品は数えませんよ, 全然違うジャンルです). これはブラームスの 23 曲と量的にも決して劣らない. 内容も, ヴァイオリン, チェロの ソナタが 2 曲ずつ, ピアノ四重奏, ピアノ五重奏も 2 曲ずつ, それに弦楽四重奏とピアノトリオと, 室内楽の王道を網羅しています. あの透明感, 叙情, ピュアな感じ, 調性を失う手前の, 20 世紀を迎えた切迫感, 誰も真似できなかったフレーズ構成, どれもブラームスなどとは ちょっと違った品というか, 凛とした大人の音楽であります. しかも, ピアノ五重奏より後の, いわゆる 20 世紀に入ってからの 作品が好きなのですわ. たまらん.

わしが室内楽を最後にやったのが, オルフェウス ゴーシュをはじめた頃の 5 年前, 結成話 に出てくる 小川君たちとチャイコフスキーのピアノトリオをやったのと, 元読売日響コンマスの小林先生たちとベートーヴェンの初期の これもピアノトリオを勉強したときです. それ以前は, 名古屋の室内楽団で ブラームスのピアノ五重奏などをやってたんですが, 遠い過去ですわ. ショーソンはちょっとやったけど, フォーレは結局できなかった.

ともかく, フォーレをやりたいというと, プロの方々は皆さん嫌がるという 印象があります. 私らアマチュアは, 何でも無謀に取り上げてしまうから 参考にならない. 何でやろう. 「掴みどころがない」というのが第一の 理由でしょうか. チェロの師匠にフォーレのソナタやりたいと言ったときも, やめとけと言われました. かわりに, ドビュッシーを勉強しました. 聞いて楽しい曲と, 弾いて楽しい曲は違う. これは確かにそう. たとえば, モーツアルトのピアノトリオだと, わしは E-dur の曲が好きなのですが, いや, これは絶対 E-dur が一番いいっすよ. ピアノの今泉先生も同意してくれました. でも, B-dur, G-dur などの方が 扱いやすいとヴァイオリンの先生は仰います. そうだろう, そうだろう. 楽譜を見ても, フォーレの楽譜はいやらしい. たとえば, チャイコフスキーのピアノトリオは死にそうに疲れる曲で, フレーズが長くて, 後から後から盛り上がってくるから, 聞いてる方は 気持ちが盛り上がってくるのですが弾いてる方は辛いというふうに, わかりやすい嫌らしさです. フォーレの場合は, そういうふうに 単純な構成じゃないから, どこに, どう, 曲の重心を持ってくるかが 難しいのではないかと思います. これは時間軸をとった場合で, 縦に, つまり楽器ごとのバランスを考えても, やはり重心の取り方が 難しいのではないかと思います.

ところで, 弾いてみたいといっても面子がおらんやんけ.

9 月 19 日: ウイスキー

しょーもないモノに対するクジ運というのがあるようで, 数か月前にウイスキーを一瓶買ったら, 同じ銘柄のウイスキーが段ボール箱いっぱい送られてきた. 酒をおごってくれ, という Nick Cave の呑んだくれの歌の主人公に分けて あげたい気分だった. 別の歌では, 酒場での酒の順番を巡って 殺戮が起こる. 悲劇は 15 分の長さのバラッドで歌いあげられる. きっと, 同じ人物の所業だろう.

そんな酒呑みも, 白州の蒸溜所 に行けばタダで出来たてのウイスキーを呑ませてくれる, ということで嵐の中を行ってきた.

10 年ほど前にも行ったことがあるので, 場所自体は目新しくはなかったが, なんとも薫が良い. 蒸発したエタノールが森の白樺を枯らして黒くするから 白いペンキが塗ってあるんだ, あの工場が環境にやさしいなんて嘘だ, という話を聞いたことがあるが, 真偽のほどを確かめたわけではない. でも, まぎれもなく良い薫りだ. 人間の業の深さを感ずる.

ウイスキーにだってポリフェノールが入ってるんだよ, という説明には笑った. みのもんたが, やれココアだ緑茶だと騒ぐたびに, 小売店が迷惑していると, 珈琲屋の兄貴が言っていたのをふと思い出す. テレビが「有名」にしてくれるのは, 本当に迷惑だ. 五輪選手にしても, テレビで言うところの「有名人」になるために 競技をやっているんじゃなかろう.

話がそれた. ウイスキーは生き物だ, という話だった. 二条大麦, 水といった材料はもちろんのこと, 蒸溜釡, 貯蔵樽のそれぞれについて, 形, 材質, 環境 (温度, 湿度の時間変化) の条件によって一つとして同じウイスキーが出来ないのだそうだ. フランシス ポンジュの詩によると, なめし革とワインは同じだそうだが, ウイスキーと土佐錦も同じだと洒落てみる. 樽から出したばかりだという 12 年もののピュア モルトをいただいたが, 何よりも薫り, 舌触り, うまかった.

ところで, うまいウイスキーに科学的な根拠というものはない. これは, 他の酒や珈琲や食品一般に言える. (その意味で, 味の素は食品ではない). 「どうしたら, うまいものを作れるか」という技術的なノウハウの蓄積はある. また, どうして蒸溜釡は銅製でなければならないか, などといった 工程の一つ一つについての科学的な根拠も, ある程度あるだろう. 科学的な根拠というとき, それは訓練を積んだ人なら誰がやっても 再現されなければならない. 出来上がったウイスキーそのものに再現性はない. 熟練した職人が手加減で調整する時点で, 技の世界だといえる. トランジスタを作るのとは別物なのだ. そこが面白いところだともいえる. (さらに言うと, その点について 10 年前と変わらないところに 妙な安堵を覚えた. )

たとえば, 水割りを作る際の酒と水との比率であるが, これも経験則だ. クラスターの研究者の方々が, いろいろ書いているのを読みかじっていたので, ある程度の根拠はあるのかなぁと思っていた (「クラスター」茅 幸二, 西 信之著 産業図書 (1994) など) のだが, 天羽さんの 水のクラスター −伝搬する誤解− を読むと, うーん, なんともいえんなぁということになる.

なんともいえんものに対しては, 酒の肴として害のない程度に蘊蓄を垂れるか, 黙って味わうのが良いだろう.

9 月 16 日: 住む

住むことと, 旅をすることとは相対するものだろうか. 平出隆さんの詩集「旅籠屋」の旅籠屋は, 定着することと, 旅立つこととの両義性を備えた存在として読むことができる. 卑近な例 (?) では, 谷邊さんの「サル屋」は, ビルの中のサル焼きの店舗でありながら, 屋台でもある. そして, いつか旅立つことを計画されているそうだ. どんなふうに旅立つのだろうか. この話を聞いたときは, 面白すぎてしばらく打ち震えていた.

わしは, 本の虫であったり, 楽器がいっぱいで, どうしても ケツが重くて, いけませんわ. モノに対する執着が, きっと強すぎる のだろう. モーツアルトの「旅」と, ベートーヴェンの「引越し」との 違いともいうべきか. モーツアルトは, どうもわしには 郵便馬車に乗っている印象があって, ベートーヴェンは 引越ししている最中の姿というものを想像できない. 平均して, 一年に一箇所以上の場所に住んでいたそうなので, その意味では「旅人」であったのだが, 実際の作業は 引越し屋に任せていたのか. 1800 年代初頭の引越し屋って?

ベートーヴェンがそうだったのかは知らないが, どこかに行こうと発心したとき, まずはどんな所に住むかを あれこれ考えてしまう. それが, とても楽しい作業なのだ. 気の迷いで京都に住もうと思ったときも, 京都大学の前で 配られた下宿案内の間取り図の数々を一晩中眺めていたせいで, 結局, 行くことは出来なかった. 余分なものを受け取ったものだ. はは. .

架空の家の間取り図を描くのも大好きだった. 子供は単純だから, 誰かから「あんたは建築家に向いている」と そそのかされたら, すっかり建築家になることに決定してしまい, 広告用紙の裏 (方眼紙だと, もっと上等だ) に家の間取り図を 毎日描いていたことがある. まず, グランドピアノを置ける部屋を作る. 客席を 100 くらい 並べられるようにする. プールを作る. そして, 老いた母親のための 離れを作る. 今では「そんなことあらへん」と信じて 貰えないが, 母親が 40 歳になったとき, 彼女は人生の半分を 過ぎてしまったのに, 自分は 1/10 しか生きていないと泣いたものだった. 寿命は 80 年と決め打ちしていたわけだ. ともかく, そうしていくうちに, ハリウッドスター並の豪邸が完成する.

物心がついたら, 10 坪という制限を課して (誰が課すのか知らないが), 狭い空間で出来るだけ面白い家を作ろう, などと工夫しはじめたりした.

今ではすっかり, 一軒家には住めないのだ, 住んでも仕方がない, 不動産屋を儲けさせるのは阿呆らしい, モデルルームがあったので 妻と見に行って以来「 500 万円から 1500 万円の価格帯の家」 (世田谷区にも, そんな部屋が本当にあるのだ!) のチラシを送られる ようになって, どうしてわしがプーだって知ってるんだ, 足許見やがって, 夢がない, つまらん, などと, すっかりひねくれてしまった.

ところが最近, 何かの間違いで田舎に住む可能性が出てくると, 休火山のマグマのように, 新たな間取り図がどろどろと浮かび上がってくる. そこには母親の部屋はない. が, 錦魚の丸鉢を置く場所に悩みはじめている.

こういうのを, 煩悩というのか.

9 月 15 日: 豪雨

さて, ここ数年は自転車通いをしておるのですが, 今日は休日なので途中でインド料理を食ってから仕事場に来たら, にわか雨に遭ってしまい, びしょびしょでした. 着いたら雨があがってやんの. で, 白衣に着替えてました. はは. .

名古屋の大雨, 大丈夫でしたでしょうか. 木曽川などの 1 級河川は氾濫せず, 新川などの小さな川の周囲に 被害が多かったそうですが. . .

15, 6 年前だったっけか, 同じような雨があって, 喜びのあまりビート板につかまって泳いだ, というのは嘘だけど, 多くの人の鞄が流されたので, 教科書が新たに配布されたのを 記憶しています.

タイタニック号の残骸を見つけた人が, 今度は, 黒海のトルコ側沖合いの深さ 95 m の場所に, 住居踪を見つけたとか. ノアの箱舟の証拠 (?) なんだってさ. 別にノアの箱舟じゃなくったって, 面白いのに, と思うのだが.

あの, 冷奴の豆腐が美味しい場合は, 醤油をかけなくて食べるのですが, その, なんといいますか, 豆腐の旨味そのものを味わえばいいのでは, というのと似ている, あれ? 似てない?

そういえば, ちょっと前の「ニュースステーション」で, エルサレム問題についてどうお考えですかと, 姉ちゃんに質問された 解説員のおっちゃんが, いつもの判ったような判らんような分析というか 感想ではなく, 「私はキリスト者なので, とても注目しています. いつか, 巡礼に訪れたい街です. 」といったことを述べたのには, 「やられたぁ」と思いました. そうか, キリスト者という方法があったか. あちきには信仰というものが, ないからな.

雨といえば, 「おつかい」という絵本がありました.

9 月 12 日: 人格破綻者, 続き

昨日は悟ったようなことを書いたけれども, 実際に困っている人というのは, こんな考え方を言われたところで何の助けにもならないだろう. 昨日書いたことは, 一種の予防的な考え方である. 普段なら, どう考えるかということを書いた.

いやはや, わしだって何人もの人格破綻者にお会いしたことはありますわ. 通常よりも余分な行動をとることが多いので, 余分な摩擦も多いのではないかと思う. そのときは, 「この人格破綻者め」と思うし, 呆れることも再三であった. この業界独特のいやらしさも体験している. そういう場合は, 前から朧ろげに書いているように, 上手に避ける, というのが 最善の手ではなかろうか. 場合によっては, 屈辱的であるが, 逃げてもいい. 逃げ切れなかったら, 闘うのだ. 最良の戦略と戦術を持って. でも, その闘いは本当の闘いとはチト別のこと (それは本人が一番良く 知っている筈) であり, 戦略の要としてこの点を忘れてはなるまい.

それから, もう一つ体験的に思っていることは, 悪い人間というのは いないということである. これは説明しにくい? 性悪説とでも言おうか. 昨日書いたように, 誰の魂にも歪みがある. 己を含めて, 誰もが本質的には悪い存在なのである. このことをまず自覚して, その上で, 自分に悪いことをしてくる人間と, そうでない人間とに分けて 考える. 自分に悪いことをしてくる人間なんて, そんなに沢山いませんよ. どんな悲惨な状況であれ. 多くの人は, 自分に無関心であるか, 面白い存在であるか, どちらかだと思う. もう一端の, 良いことを してくれる人間なんてのも, そんなに沢山いない. 横軸に良い悪いをとると, ガウス分布をしとるわけです. 真中にいる中で, 面白い存在というのは, 自分が相手を面白がっている, ということで, 心がけによって見える集団です.

さて, わしが今日主張したいのは, 悪いことをしてきそうな人が 実際に悪いことをするかについては蓋然性を持つにすぎない, ということです. これは, 修行によって防げるということです.

具体例. 生きていて, 次々と他人が自分を攻撃してくるという状況は, いじめられてでもいない限り, なかなか起こらないことであるが, 中近東に行くと手軽に体験できる. 攻撃, って言ってもあんた, 殴られたり する訳じゃなくて, 粗悪なものを法外な値段で売りつけられる程度です. 騙された, と自覚しないんだったら, それで結構. ただ, わしの場合, 相手が自分を騙そうとしているのが判っていて相手の心が見えるのが, とても嫌なんです. ねずみ講のマンションに行ったときも嫌だったし, 似而非宗教の若者がやってくるときも嫌だ. 実際のところ暇なときは, 懇切丁寧に語り合うのだが.

さて, 例えばバナナの皮で作った贋パピルス売りというのは, カイロのタハリール広場の近所では 10 m おきに, やってくる人々です. はじめて話かけられたときは, なんとも嫌だった. でも, 一月後に再びあいまみえたときは, 寄って来ないんです. なんでかというと, こちらが騙されないと顔に書いてあるからです. そこでですよ, あー良かったで終ってもいいのだけれど, タウラ (ドミノ) 屋さんで一緒にタウラやったりするんですわ. (日本と違って, ゲームにお金は賭けないのが通例. ) そしたら, この人達は, 悪いこともする人たちだけれど, 面白い人たちでもある, ということが判るわけです.

この例は, 一月で劇的に変わった例なので書いたけれど, こういう状況というのは, とても一般的でしょう. 悪い人, というのはいないのである. あえて言うなら, みんな悪いのである.

あー, やはり予防的な考え方を書いてしまった.

9 月 11 日: 今朝は, はよから

横浜にいったのであった.
雨は, まだ降っていなかった.

そういえば, ご近所の有名な研究室にいらっしゃった方のページ, を ちろちろ読んでいて, 同じ疲れを感じてる (た) んだなぁと, しみじみ思った. この業界に対する思いとしては, とっても似たものを感じる. 似すぎて, やばいくらいだ. 直接は知らない人なのだが, 現在の一期下の皆さんがわしと同期だから全く知らん人では ないんだろう. 思ったことを素直に書いているのは, この What's New! と一緒だけど, わしの方がバカで頭の整理が出来ていない分, 支離滅裂であることに苦笑しきり. あと, 仮にも音楽のページだしここは (ほんまかいな!?). この方のような内容について具体的にどんどこ書き始めたら, もっと凄いことになってしまう (うちのページも人気が出てしまって閉鎖だ) のと, やはり, 「腐っちゃだめだよ」というのを心に決めているので, と言いつつ こうして, この話について書いている. でも, 記述が朧ろげなので, 同じ問題意識がない人が読むと 何のこっちゃという感じなんだろうな. 彼は大きなところの所属だから, 朧ろげに昔からわしも指摘しているように, 余分なストレスが多いんとちゃう? ここは一人だから, 自分さえ気が確かだったら, 心穏やかになれます. というか, 感じ方の系が似ていなければストレスにならないものなのだろうか? その辺, いつか教えて下さい.

そこから更に, ちろちろと リンクを辿っていくと, わしのところは, これのどの項目として 当てはまらない, 真っ当な人だということが確認された. 当人は, このページは見てらっしゃらないので, 別にお世辞を言ってるわけではない. 前から思っていたけど, この点についてだけは運がいい. そうそう, これは運の問題だと思うのだ. 何故なら, このリンク先にあるように, 若者にとって 2 度や 3 度会った程度の 相手の人格なんて読みようがないから. 俺は読めるけどね (笑) (ちょっと, すぎぞうさんの MC を真似てみた). いや確かに, こうやって項目を並べてみると, あの方はああだ, と 隣近所で具体例を次々に思いつく.

しかし, わしが思うに, これに該当する人物だからといって, 人格破綻者である というほどのことではないのではないか. 世の中のおじさんなんて, おしなべて こんなものだ, と思っておいた方が自然ではないだろうか. おじさんと書いたけれど, 若い人だってそうだ. 男のジェラシーってさ. 女のジェラシーは判らん. どうでもいいけど, 女の情念については, もっと掘り下げねばならぬ. え, 怨歌を書くのだ. ともかく, 世代が変わればなんとかなるという問題ではないような気がする. 医学部に入ったとたん, 半年前まで 高校生だった人が「俺達医師は. . . 」と, 極自然に不自然なことを語り はじめる. 周りの人に対して, 出自だとか, 容姿だとか, 留年とか浪人とか, 微妙な差異を見つけて喜ぶ. 何かを達成した達成感を, 自分で受け止められずに 他人への優越感に変換する. 全部, 誰にでもあるちょっとした魂の歪みなのだ. それが, 何かの拍子に, 弱者への攻撃に変質する. なんだろうね. 制度かな, 意識かな. 少なくとも, 意識の方は自分で なんとかなる類のものである筈なのであるが.

まぁ, この程度にしておこう.

9 月 8 日: 腐っちゃだめだよ

そう, 9 月の記録はなんだか一面ネガティブだが, 世の中全部に対して腐ってる訳じゃ全然ないよ.

腐るな, って単純だけど大事なことだよね. うん. ボスの教えでもある. 生まれてきてしまったんだから, あとは誰でも, どんな生き物でも, 腐るまでの時間なんだよね. ちょっと違うような気もするけど. でも, 違う解釈を思いついたとしても, 熱力学の第二法則を いろいろな言い方で言っているようなもので, 同じ法則なんじゃないかな. (←こういう書き方が嫌な, というか難しい感じするの?)

野球にしたって, トモ オーカ は いいこと言ってるね. いろいろ.

段の MC は, 面白かったよ. そろそろ, さかえさんを彷彿とさせるくらい.

わしも, 春になったらライブやりたいんだけど, 相変わらず MC は やんないよ. 某さん, うまくやってね.

9 月 7 日: 段は成長していたよ

とても良いライブだった.

どういうライブをしているか知らない人は, 見に行ってやって下さい. 僕がここに何か書くと, 僕自身が現役でなくなってしまうという気がするので, 書きませんわ.

ところでところで, とっちーさんはじめ ROM の皆様, どんどん「落書き」して下さいな! なんでもいいですので.

9 月 5 日: 段が

明日の 8 時から銀座でライブをやるよ!
いちかばちかのソロ, ライブだそうだ.
わしも, 見に行きます.
ここだよ.

そういえば, 3 日に書いた話, 何が気に入らないかを 説明するための例を思いついた.

子供の頃, 小学校に入るか入らないかの妹に, 将棋を教えたことがある. 当然, こっちは勝つわけですわ. で, 何回かやってるうちに, 普通に勝つのに 飽きてきて, 「と金」ばかりを無意味に沢山作ってじわじわ攻めたり, 嫌なことを思いつく. 普通は, それをしばらくやっていたら, つまらないという ことに気づく筈です. 妹もこちらも両者とも. 子供であっても. そこで, 飛車角桂香落ちでやろう, などとハンディをつけることを考えるわけです.

今のプロ野球がやっていることは, ハンディをつけるどころか, 自軍は全部, 竜王 (飛車が成った駒) で将棋をやって, へへへ, 絶対敗けないぞ, 強ぇだろう, って喜んでいるのと同じなんじゃないかということです. 相手に飛車とか角とかがあったら, それも取っちゃって, 自軍に編入して 竜や馬と化す. そのまんまじゃないか.

子供じゃないんだから, 長嶋, と書いたのはそういうことです. 読売ファンの人に言いたいのは, そのチームが勝ってるのを見て, 本当に面白い? ということです. さらに, どっちを応援するだとかいうことを超越して, そんなゲームを見ていること自体が, 阿呆らしくなってしまったのが 3 日のことでした.

はい. 乞う反論.

9 月 3 日: さよなら

今日からプロ野球見るのやめた. もっと前からやめるべきだったのだが, ついつい Web が便利になっていって, 一球一球を表示してくれたり, ラジオ放送をそのまま ネットで配信してくれたりしていたので, 見続けていた 俺が馬鹿だった.

今日, 久しぶりにテレビ中継を見たよ. 普段はこの時間は家にいないし, 家にいても家族がいるから, 中継に神経を集中するということは少なかった.

今日は, さよならを告げるのにうってつけの日だった.

まず最初に, 音声を消した. あまりに一方的な会話だったから. 解説ですらない. 水道の蛇口だと思ったら酒が出てきて, 出てくるがままに飲み続けているオヤジの狂喜乱舞のようだ. しばらく前からテレビに出て喋っている人どの人も下品すぎて, テレビそのものを見ていられなかったのだけれど, テレビの隅々まで下品菌がいき渡っているのを確かめて, 音声を消した.

それでも, 放映されている興行そのものに説得力があれば, 画像というものは, 撮っている人の意志と関係なく, 忠実にそれを伝える力があると思うのだ. ちょうど, ダメな司会者のコールで, ステージに出てきた芸人みたいなものだ. 芸人の芸に力があれば, ダメな司会者の存在は不愉快なものとして 片付ければいいということになる.

でも, 駄目だった. . . 長嶋の耄けた笑顔が映っているのを見たら, 見てられん, という 哀しみでいっぱいになった.

勝敗が最初からわかっている勝負なんて, 見ていて面白いだろうか? 何に感動すればいい? 一人一人の選手は, それは一流であるし, 努力と才能があることは認められるが, 「間違いなく勝つ」ための 駒として買い集められてきた途端, 感動を与える個人ではなく, 無表情のビッグネームというぺらぺらの名刺になり果てている ということに彼らは気づかないのだろうか. そんなつまらなさを, 無意識のうちに, 計らずも実現, 完成させてしまった 長嶋という男. それが笑っているのだ. 何を笑っているのだろう? 何に笑えるのだろう? この人の無意識, 無知, 無恥は, いったいなんだろう? 大人になっても, いつまでも純真なんですね, と親戚のおじさんのように 我々は彼を温かく見守れというのだろうか? 自分がこういう状況を作り出してしまったという意識は果してあるのだろうか? ファンが彼を後押しした? それよりも広い意味での興行主集団のほうが 責任があるでしょう. でも, それに乗って, 実現したのは彼です. 彼ほどのキャラクターでなければ, 確かに, この絶望的なつまらなさという 状況は成立しなかった.

この阿呆らしさは, 何だ? どうして私はこんなに熱心に彼を非難しているのだろう.

ということで, 見るのをやめたのであった.

9 月 1 日: いかにもな

9 月 1 日といえば, 昔々, 映画が半額になる日だったのですが, 今でもそうなのでしょうか.

最近, 反自民の人が良く捕まりますが, 盗聴法の威力だったりして. . .
あの法律だけは本当にやばいと思うよ. と常々思っておるのだが, ここに書いたのは初めてだったっけか. 別にそりゃ, あなたが盗聴される訳ではないんだろうけど, 結果的にあなたも不利益を被ることになる, という仕組みだと思う.

これは, 今の日本でやっちゃいけないという類のことです. 独立行政法人化は, もっと具体的にそうだと言える. 全然, 人材が流動的じゃない. 資金も流動的じゃない. 潅漑で保っていた砂漠の中の農地の給水を止めるようなものです. 景気のいい, 耳触りの良い, 大型プロジェクトしか残らなくなりますよ. そういうものに適した人間しか残らなくなる.

でも, いかにも文句を言いそうな人が文句を言うのは, 恰好悪いですね.