2023 年のWhat's New!

最新のWhat's New
ここからしか飛べない過去のページもあるよ.


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10 月 14 日: 映画「そろそろ音楽をはじめようと思う」

昔の相方の映画が出来たそうです.おめでとう.



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9 月 5 日: さらば新幹線

兵庫県に移住して 10 月で 8 年になろうとしています. 私の住んでいたところをざっくり述べると,最初の 10 年は 親の転職などによってアメリカ,京都,広島などを転々としており, 次の 10 代は名古屋で小学校高学年から浪人まで, 次の 20 代は首都圏,その後の 30 代は,前半の 5 年は 世田谷と名古屋郊外を往復しており,後半から 40 代半ばまでは 名古屋郊外に定住,っと思ったら兵庫県に移住した次第.

要は,東海道新幹線沿線をうろうろしておりました. んで,30 代前半は毎週末に東京と名古屋を往復してた上に, (仕事上ではなく)プライベートで勝手にやってたので, 毎年 100 万円程度の新幹線代を自腹で払っていました. 最初,つまり 2001 年くらいは品川駅もなくエクスプレス予約も なかったのですが,ほどなく,エクスプレス予約ができて, グリーンポイントもついて,ヘビーユーザー的には その進化に感謝しておりました.

その後,名古屋郊外に定住しながら職業研究者をしていたわけですが, 東京では学会や会議があるし, 京都は京大拠点教員をやっていたりしてたので, そういう出張をするときも,新幹線を使っておりました. つまり出張旅費として,引き続き年間 100 万円くらい新幹線には払ってました.

現在は,京都は阪急や JR で行けますが,東京については, 時間にルーズで予定変更が楽だし,これまでの習慣で, 新幹線で出張しておりました. 金額は,多いときは200万近く,少ないときも100万ちょい.

が,このたびエクスプレス予約の改悪がありました. 「エクスプレス予約」グリーンプログラム終了|料金体系変更の背景と代替の予約手段を考える を読んでいただいたらわかるように,ヘビーユーザーとしては ドン引きの改悪です. グリーンポイントをなくして,100 円にもならない(ジュース一本も買えない)ポイントをつけられてもって. 今までは,新大阪ー東京間の普通車指定席利用で 11.11111... ごとに1回,グリーン車に乗れました.ってことは,差額から計算すると,一回ごとに 437 円分のポイントがついたわけだ.ところが,このたびは,普通車指定席の通常料金があがって,さらにポイントは 83 ポイント.1ポイント1円なので,83円.なんと,片道610円値上がりした上に,ポイントは 1/5 に! ・東京⇔新大阪   【現行】13,620円→【改定】14,230円. 1年前から予約できるようになっても,嬉しいのは盆暮れに移動があるファミリーや,暇な老人だけじゃないのかいな.あと,早割が増える(早得3とか7)といっても東京からみて岡山以遠.姫路より東の人には何も良いことがない.

うちから,新大阪までは電車で 36 分なのですが, 伊丹空港までは車で 30 分,電車で 46 分,神戸空港までは電車で 47 分と 別に遠くありません.というか直線距離だと伊丹空港が一番近いです. これは,阪神間の住民は,新幹線から飛行機に乗り換えろという 熱いメッセージをいただいたようなものです.

私は,飛行機の国内便はあまり好きではありませんでした. FDA (富士ドリームエアライン)は大好きなのですが, 赤色も青色も,この 20 数年,地方路線を切り捨てて羽田に一極集中したお蔭で 赤字から脱却できたかもしれないが,FDA が地方と地方を結ぶ路線を 取り返していくまで,誰もこの「地方と地方が分断される状況」に対応して来なかった. 地方を殺して,何を威張ってんだ,ってなもんよ.

赤色も青色も,セントレアや関空からはアジア便しか基本的に飛ばさないので, 海外出張するにしても,赤色も青色のどちらかに統一するよりも, 旅程にあったエアラインを,その都度,選ぶ方が合理的だった. 「マイル修業」とかをする人々も,何やってんだという気分で眺めていた. あとは,セントレアのラウンジは T 社のコーポレートゴールドカードで 入れるので,出張前にビールが呑めるし,って感じ.

ということで,JR 東海の支配下に従順に暮らしていたわけですが, 考えてみたら,東京には年間 30 往復以上していて,阪神間の住民は 飛行機でも構わない.「マイル修業」しなくても SFC 取れるやん. 最近は,先ほど「その都度」といったけど, アメリカ出張はデルタ,欧州出張はエールフランスに固めてたので, ステータスマッチをやって,なんたらかんたら,というのをやったら, 九大の先生と同じように,卒・新幹線できるやん,ということを 理解したのでした.

青色に固める理由は,神戸空港の最終が羽田 20:30 で,新幹線と ほとんど変わらないためです.伊丹は門限があるけど. 神戸空港も,もう少し柔軟になって,それこそ FDA が 羽田-神戸の深夜便(といっても 23 時に到着する奴とか) を飛ばしてくれたら,もっと愛するのですが. 1 年間の「修業(といっても出張時に固めるだけ)」が済んだら, スカイマークでも何でも良いですし.

名古屋人や京都人は相変わらず難しいと思うのですが, 同じように,卒・新幹線する阪神間の住民はいるんでしょうかね.

それにしても,一番怖いのは,JR の企画をする人々です. コロナになってオンライン会議が増えて出張のビジネス客が減った. だから,観光客の増強に力を入れる.そこまでは理解できます. でも,観光客増強とビジネス客優遇とが背反することだったのか? 多分,そんな背反事項はないよね.そこに気づかないってどうなのか. 日本人って大企業の賢いエリートの皆さんが賢明な判断をされるから, 従順に毎日を真面目に働いて過ごしていられると思うのです. 大丈夫か?他の分野でも,ときどき感じることがあります.そこが怖いのです.


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8 月 12 日: ご先祖と語らう


これが江戸時代の鷲津研の飲み会の図.飲み食いと,ゲームと,音楽が必須(笑). 左の茶道具にある〇が二つ重なっているのは「輪違い」で,うちの家紋(亀甲輪違の中身).が,さりげなく描かれてるのか偶然か. 出典:一宮市博物館 博物館だより No. 10 (1990 年 12 月).

以前,「 2007 年 12 月 24 日: washizu.orgなので」において 鷲津のご先祖に学者一家がいたという話を書いたかと思うのだが, ネット上の文献( 「有隣舎と其学徒 」 一宮高等女学校校友会 編,大正14 など) を読んでいたり,家系図と照合したりすると, どうやら自分の 9 代前の叔父貴が幽林(鷲津幸八)であろうと 推定することができた.まあ,同じ集落(一宮市丹羽)なので, 少なくとも女系ではつながっているだろうとは思っていたが, 男系でもつながっていたので,面白いなと.

ということで,最近は,学問上で困ったことがあったら 「ご先祖様」と語り合うことにしている. たとえば,職場で理不尽なことがあったり, 偉い先生から理不尽なことを言われたりしたときだ(微笑). 学問をはじめる動機って何だっけ?とか, 学問って絶対大学でやらなきゃいけないのか?とか, そういう根本的なことに立ち返って悩むようなことを 言ってくる,やってくる人がアカデミアには時々いる.

ご先祖様が教えてくれることは,学問というのは, 勝手に始めなさい,ということである. 幽林にしても,ふと思い立って京都で勉強をはじめた. 尾張で学問をやりたかったけど,場所がなかったので, 有隣舎という私塾を勝手に作った. その前に,結婚したかったけどお金がなかったのだが, 藩主の奥様の病気を治したら評判があがって, 医者として財をなして結婚できた. その元手で塾も作った. さすが私のご先祖だ.プラクティカルだ. 腐らず前に進む感じがとても素晴らしい. そして,塾をはじめたら全国の皆さんが 集まる場となった.これも素晴らしい.

ポストがあるから学者になるんだとか, 他人より優位に立ちたいとか, 学問やりたいけど貧乏だから援助してくれとか, そういうのが一切ないでしょう. 出版社勤務だってメーカー勤務だって, 論文を書けば学者なんだよ. ずっとそう思ってきたけど, ご先祖様もガチでそれを実践してきた. 二流学者だったかもしれないが, ちゃんと仲間がいて,業績もまあ残っている.

学問をやっていると,驚くほど下品な人と遭遇する わけですが,そういう災難にあったときに, 目を閉じて,ご先祖様に意見を聴くわけです. すると,まあ,どうでもええがね,ということを 教えていただけるという次第. これが,誇りというか, 真面目に生きなきゃねってことだとか, に繋がって来るのだと思う. 恥ずかしくないように 50 年も生きるのは大変だけど, 真面目が一番.


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7 月 5 日: 帝国 番外編

2008 年 11 月 5 日:帝国 の番外編ですが. モンゴル帝国の後継として,ロシア帝国,オスマントルコ帝国,清朝,ムガール帝国が生まれたという話は, 杉山先生の本に何度も書いてありますが,僕は4つとも,社会科学的というか政治経済的な後継だと思ってました.が,考えてみたら最後のムガール帝国だけは,バリバリ,モンゴル人の末裔が皇帝そのものなんですよね.


ティムールまではバリバリのモンゴル系なんですが,バーブルも,ティムールとチンギスハーン系のママから生まれたバリバリのモンゴル人.顔もそう.名前が「バーブル」だから,お前何人 って感じだったのですが.


でもさ,一番偉い3代目の皇帝のアクバルなんて,どうみてもモンゴル人じゃない顔立ち.あー,なんか黒っぽいし,インドの王様って感じだよねって顔をしている.これで僕は騙されてた(笑).いや,だって名前が「アッラーアクバル」の「アクバル」だし,イスラム国家だったのはわかるけど,って感じで,モンゴルっぽさが微塵も意識に来なかった.


問題は,この2代目のフマーユーンさんで,この画像だとかなり中近東系.それもそのはず,お母さんはペルシア人なので.


でもさ,フマーユーンのこっちの顔をみたら,なんや,モンゴル人親子だなぁって気もします.描く画家によって,だいぶ違う!

フマーユーンの奥さんもペルシア系なので,アクバルに至ってはモンゴルっ気がだいぶ抜けたのでしょう.いずれにしても,いわゆるインド系では全然ないんですね. 4代目以降は,インドの血が濃くなってくる.

それにしてもアクバルって,ジズヤを廃止するってなかなかですよね.織田信長と同時代ってのも,興味深い.「安土宗論」みたいなイベントもやってる.

>アクバルはイスラーム以外の宗教に対しても寛容であったことが知られ、1564年にムスリム以外に課せられるジズヤの廃止も行った[58]。帝都ファテープル・シークリーには、バラモン、ヨーガの行者、ジャイナ教徒、イエズス会士(彼らはゴアに滞在していたポルトガル人である)、ゾロアスター教徒が集まり、議論をさせることを好んだ

初代バーブルは,何度も故郷のサマルカンドを取り返そうとしますが,親戚や異民族に阻まれて,結局断念します.インドで拠点を作ってまもなく亡くなります.でも,自分の子孫はインドで繁栄すると信じていたそうな.今でいうウズベキスタンやアフガニスタンよりインドが豊かだと知っていたし,と.

うーむ.高分子科学から出発してトライボロジーに移民してきたので,ちょっと判る気がする(笑).


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5 月 21 日: 最近の映画から

Tar は,女性の大指揮者の架空の人物が主人公なのですが,長くなりそう.ネタバレあり.

良くわかんないけど,創作に対して我が侭サイドに振ったら,こういう生き方で全然OKで,瞬間瞬間の選択も大して間違ってなくて,単にポリコレにやられた,って風にしかみえない.ポリコレで偉大な人物の足を引っ張る世の中を揶揄する映画なのかと思っている.

自殺した若い子の話だって,シェーンベルクが妻を奪った若い画家ゲルストルを追い込んだんだっけ,ああいうのに比べたら,ただ無視しただけなので,まあ仕方ないんじゃないかと思う.指揮者なんかになろうとするから.

だから,芸術家サイドの価値観全開であれを見たら,最後に東南アジアで振ってるのが意味不明.彼女の指揮者としてのキャリアは,ベルリンフィルでマーラー全集の最後の一曲,画竜点睛に失敗したことだけが悔いなんだから,別によそで指揮しなくてもいいでしょうに.

これをネタに作曲家としてもう一発「盛年期」を作って,あのニューヨークの古い家にこもって作曲しまくれば良いだけのこと.大きなオケは振らせてもらえなくなりましたが,世界最大のオペラを妄想しました,で良いわけで.だって普通あれぐらい偉大な人だったら,単に指揮者なんじゃなくて「音楽家」そのものと自己規定してるはずで,だったら自由なんだから!

などと,すぐに思ってしまうのは,自分もすべてを捨てさせられるって恐怖とわりと長らく戦ってきたので,社会的にそうなっても,創造的人間として生き抜くためにはどうしたら良いか,常に考えているから.

簡単な話,書籍編集者には研究室はないわけで.今もポートライナーで痴漢冤罪になったらポストを失うわけで,この映画に比べたら屁みたいなことかもしれないが,自分には大きな話です.最初はこのポストも任期付きだったし.

でも,それくらいで「死なない」くらいには図太いでしょ,彼女も.だから,映画の最後に作曲に向かわなかったのが本当に不思議.あの,舞台に乱入するパワーがあれば,まずは弦楽四重奏の3曲くらい書けるでしょう.書けよ,書いて死ねよって感じ.サン=サーンスも良くエジプトやアルジェリアに行ってたみたいだけど,あんな感じで,東南アジアの空気にインスパイアされて.ピアノ協奏曲を書きました,で良いのでは.

楽団員とギクシャクして辛い立場になる,なんてことはクラシックの音楽家だったら当たり前のようにあることで,でも,そういう立場に置かれたシューマンだって,そうなった後も書き残した最後の作品まで正気を失わずに作曲し続けた.

紙と鉛筆があれば作曲できるって,神様が与えてくれた最高の仕事なのだから.いつもそう思ってる.刑務所に入っても,物理学的妄想が枯渇してきたら次は作曲して,ってリピートで暮らせると思っている.凡人の僕でさえそうなので,コンミスのカノジョが言ってたように十分にあざとく,バーンスタイン並みに指揮と作曲の二物を与えられたという設定なんだったら,行けるはず.

ペンデレツキの最後のピアノ協奏曲.行ける行ける.

あとこれ. Jurassic Punk

この主人公の Steve Williams は,アビス,ターミネーター2,ジュラシックパークなどの映像を作った人.たった7歳上で,ここまでの仕事をするとは.で,アビスや T2 ではいろいろ受賞するんだけど彼の名前はおじさんたちの後ろに隠れてた.「特殊効果」の枠を超えて,Computer Animation をハリウッド映画で本質的に最初に実現した人なのだが,という話.

シリコングラフィクスのワークステーションを使って作画していく雰囲気が,本当,僕が計算機を触り始めた頃(のほんのちょっと前)なので,すげぇわかる.もうちょっと後だと世界中で誰もが彼の真似をして,とくに(この Steve の仕事じゃないっぽいけど)タイタニックでは 巨大な Linux クラスターで作ったという自慢話が Linux Magazine に載ってたのが印象的で,それから,ジョブスが 3D アニメをはじめたりして,ごくごく一般的になった.

「黎明期」に生きる面白さと辛さが良く描かれている映画.ジュラシックパークも,最初にスピルバーグがこんなの作りたい,というのがあって,それを受けて,ストップモーション,着ぐるみ,CG と,いろんな技術を持った人たちがそれぞれの技法で挑んでいく,というやり方が面白い.

お仕事論,としてみると,いろんな技術を開発するのはいいけど,儲けにつながらなかったら意味がないんだぞって話が途中で出てきて,ああ,そうだよなぁと思いましたよ.Done is better than perfect です.

ところで,CG って,今年の大河ドラマとかでもボロクソに書かれたりしていて,あるいは戦隊ものの最新作を見てたら景観がほぼ CG で,なんじゃこりゃって思ったり.これは建築における鉄筋コンクリートの受け止められ方に似てる気がした.鉄筋コンクリートの家に住んでて,ビルで働いてる皆さん,これが何年前に出来た技術か知ってますか.パリの郊外にある,世界で最初の鉄筋コンクリートの建物を見に行ったことがあるんですが,ユネスコの本拠地の近くなのに落書きがされたりして全然大事にされてなかった.Steve Williams の功績も,ちょっと似てると思った.みんなにとって当たり前になりすぎると,そして廉価で取り扱いやすい技術になってしまうと,みなさんは感謝を忘れてしまう.

技術って何故か本質的にそういうものなのかもしれないですね.たとえば鉄道の潤滑技術だって,満州鉄道の頃から新幹線が実現するまで,めちゃめちゃ戦っていたんだけど,ほぼ知られていない.軸受が焼き付いたら,たとえばフリーゲージトレインが(今のところ)失敗したように,今も大きな責任を伴うのですが.NHK のプロジェクト X が受けたのは,そういう本質が背景にあるからでしょう.科学的な発見の方が,ワクワクされがち.

黎明期の話に戻ると,ゴジラもスターウォーズも,それぞれの時代と場所で,わりと連続的に不断の努力で発明されてきたわけで,Steve にとっての黎明期は 90 年代前半だったけど,別の人にとっては別の時間かもしれない.黎明期に生きられなかったのが寂しい,と,これを見て思うよりも,今この瞬間が黎明期だと思って生きた方が,生き生きとできる気がしました.


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4 月 10 日: プログラミング演習


「プログラミング演習」をやることになりました.ちょっとした恐怖(微笑).

っというのは,物理学や物理化学はちゃんとした先生に習ったわけで(先生の先生を辿れば欧米の偉人に辿り着ける.O'Konski 先生とか),「計算物理」を教えるところまでは良かった.が,プ,プログラミングは...

ピアノやチェロの方が,よっぽどまともな先生に師事してたかも.ということで..

ただ,他人の書いたコードを走らせるのがメインの今時の「シミュレーション屋」に比べれば,40歳前後までは,ほぼ全く他人の書いたコードを使わずに20年くらい研究してきたわけなので,カッコよく言えばガーシュウィンのように我流で駆け抜けてきたわけだ.あっはっは...

でもさ,ガーシュウィンからピアノのスケールやアルペジオの弾き方,和声学・対位法などを習いたいか,って考えると.うむむ..

やっぱ,すべてを音楽に置き換えると,いろんな「状況」を理解できます.子供の頃からやってきた思考法だけど,これは本当に使えます.心穏やかになった(笑).お子さんが必ずしもプロにならなくても,若い頃に音楽を教える理由は,ここにあると私は思っています.文化を学ぶことの祖型というか.

マーガレット・キャンベルの 「名ヴァイオリニストたち」 を読むと,なんと,現存するヴァイオリニストは,ほぼ例外なくコレルリまで辿っていける,ということが書かれています.同じ著者の「名チェリストたち」には,そこまで明確に書いてありませんでしたが,ガブリエッリあたりに行くのだろうか.

「名チェリストたち」における,マーガレット・キャンベル氏の問題点については, 2007 年 8 月 2 日: ボッケリーニとメンデルスゾーン に記していた.

まあ,自己解決するならば,リムスキー・コルサコフが管弦楽法を教えていたわけですが,あの頃のロシアの作曲家って全員,怪しいですね.みんなはチャイコフスキーが西欧派だと書いているが,曲そのものを聞くと,若い頃のボロディンの方がよほど正統的にメンデルスゾーンを勉強していたことがわかる.いずれにしても,ツェルターのような名教師がいなかったのに,ロシア人の皆さんは何とかしていたわけだ.

そういうことにしておこう.ここは,プログラミングの極東.


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2 月 8 日: 「頼まれてないのに始めたら,頼まれるようになる」という流れ


こちらは,この間,トラで参加させていただいたオケの主宰者の馬場京子さん (青少年オケの後輩)のトーク.赤ちゃん OK のオケを何故作ったか,元気が出ますよ.

この,赤ちゃん OK のオケの方式は,その気になれば真似ができるから,世界中に広まれば良いと思って, 自分の話じゃないけど What's New! に載せました. 愛知県民の作り出したものは,他には「よさこいソーラン祭(高校の同級生の長谷川岳君が札幌で始めたのですが,日本中で似たような祭りをやるようになった.ド祭とか)」,トヨタ生産方式,スズキ・メソード,江戸幕府とかだと思います.

個人的には,その次の日本センチュリーの話題で,城山中学校の生徒会室の先輩の野村誠さん(作曲家)が出てきて,びっくり.僕が本気出して作曲を始めたのは野村さんに会ったのと青少年オケの音響に触れたときで,いわば原点にいる人々が同じビデオにいた(笑).

生きてると,いろんなものが繋がっていく.多分,世の中を楽しくしようという空気の流れがあるんだと思う.

馬場さんがやってることも,野村さんがやってることも,いわゆる正統派じゃないんだろうけど,じゃあこういう世の中で正統って何だろう?と思うに,曖昧としてくる.一ついえるのは,オープンに,多くの人が参加できるようなシステムであろう,ということかな.

この考えには大変同意で,僕の研究室も,会社の人もいっぱい来るし,高校生も来る.途中で仕事を失いかけた人も来る.どこかへ行く途中の人もいる.UNIX のプログラムでいえば | パイプされてる途中のコマンド | みたいな(新しい授業を考えてるので,表現が,こうなる 笑). 凄く愉快なのは,僕は4歳の頃から音楽にいろんなものを教えられてきたけど,未だに音楽に教えられている.今回の例でいえば,社会の中での在りようというか,を.

で,もう一つ大事なのは「頼まれてないのに始めたら,頼まれるようになる」という流れかも.

馬場さんも,めちゃめちゃ上手ですが,別にコンクールを総なめにしてきたタイプではないし,野村さんも京大理学部だし.音楽で生きてくれと頼まれてないと思う.一方で,ちゃんと?育って,N響で弾いてたり芸大教授になられた人もいる.

でも,後者のタイプであっても,多分,頼まれてもないことを沢山やっておられると思う.たとえば,コンクールを始めたり.権威とか組織がないと出来ない事業もある.僕らの分野だと,大学にいるからスパコンを使わせてくれたり親が高校生を預けてくれるわけで(って書いてみると,大学にいなくても実施可能な気がするが).

って考えると,どんな立場にあったとしても,「やってみなはれ」を実践しないといけないのだと思われてくる.時代の閉塞感というのは,子供の頃にも言われていたし今も感じるので,あまり気にしてはいけなくて,ただただ,やり始めなければいけないということだと思う.学生にもそう言ってます.

以下,蛇足の蛇足,になりますが,皆さんが会社で今日にでも出来ること,の例を昨日話していました.

うちの学生が学会の新人賞をいただいて,表彰式が5月にあって,出欠を問われています.で,「出れない」というので,何故かと訊いたら,入社予定の企業で研修中だから,というのです.いや,出たら?出ないと決めるのは簡単だが,せめて出られるように頑張ってみたら?と言いました.

あの新人賞は,会社にとってもメリットがある.某石油メーカーの研究所長さんなんて,ある年,「今年の新人賞3人のうち,うちで採用した子が2人もいた.」と喜んでおられました.認められた人材が入ってくるのが嬉しくないわけがない.

もっとも,僕の例でいうと.途中入社した10月に,サンクトペテルブルク大学の先生から招待されて2週間ほどセミナーを開いてくれ,と言われてました.僕らの開発したモンテカルロブラウン動力学は,物理屋だけじゃなく経済学者も注目してるから,とか言われて.上司に相談したら,断れ,と言われて,泣く泣く断りました.ロシアで1,2を争う名門大学でセミナーですよ.でもそれは,僕にとってはメリットがあるけど会社の人には響かなかったわけです.

けど,認めてやったら,本人のモチベーションはかなりあがってたと思います(ってか,そのときの僕のモチベーションはかなり下がった).その経験があったので,自分が採用担当した新人が勝手に,大学の若手と勉強会を開きたいといったとき,ノープロブレムといってやらせました.交通費とか出すノウハウを伝授して.

こういうことって,大抵のことは,許可してやるだけで,モチベーションがあがって,会社の業績はあがります.自分が変な「関所」にならない.否定しない,ってだけでいいから.二重否定は強い肯定(笑)

ということで,「(君を採ってくれた現場の)室長さんに相談してみ」と言ったら,期待どおり,人事とかけあって快諾をいただけました.これ,先に人事に聞いたら「ダメ」って言われそうな気がします.人事には人事の立場があるので.

実際には,大半の大人ってそうやってクリエイティブに生きてると思うのです.めちゃめちゃクリエイティブか,「否定しない」的にクリエイティブかはさておき.でも,若者にとっては本当,手探りの部分が大きいのだと思います.萎縮してる部分に気づく努力は必要かと思いました.っと言語化してみる.


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1 月 15 日: GSC の〆のご挨拶

備忘録  GSC-ROOT での僕の〆の挨拶(研究計画を発表された皆さんを対象に):
(この日に,1年目の基礎ステージの受講生の皆さんは,自分で調べたり研究者とディスカッションして作った研究計画をプレゼンして,審査されました.60数名のうち当選者10数名が2年目の実践ステージにあがります.)

今日は皆さんお疲れ様でした.

半年以上をかけて書いてくれた研究計画を見させていただいたのですが,皆さん,本当,どれも素晴らしくて,中間報告よりもさらにブラッシュアップされていて,いろいろ意見を先生方からいただいたとは思いますが,全部,本当はすぐに研究開始したくなるようなものでした.

僕も 30 年くらい研究してますので研究者として偉そうに言いますと,研究って,研究計画ができたら 3 割くらい終わったようなものです.半分はいってないけど,かなりの割合.だから,研究計画が書けた,ということは,大人の人はビールを呑んで乾杯するくらい素晴らしい日,なのです今日は.

これから,基礎ステージを終えて,実践ステージにあがれる方と,基礎ステージで終えられる方と別れるわけですが,もう一回言いますが,皆さん素晴らしいのです.何が素晴らしいかというと,「研究をはじめるのは今だ」ということが,わかっているからです.

これを判ることって,実は一番大事なことです.たとえば.今朝,家でポケモンのアニメを息子が見てました.息子は中一です.登場人物に「モリブデン」とか「クロム」という名前の人が出てました.息子に「これって,元素の名前だよ」といっても,ピンと来てないらしいので,「周期律表って持ってないの?」といって,理科の資料集を出させて,原子核と電子について説明をはじめました.

そしたら,息子は「どうせ,もうすぐ学校で習うからいいよ」っていうのです.でも,周期律表を見たことがない人が,たとえば,「リチウムイオン電池」を理解することなんて出来ないわけです.生活の中で判らないことに出会ったら,学校で習うまでいちいち待ってなきゃいけないのでしょうか?

皆さんなら,それは違うって,わかってるはずです.学校で習うことって,実は,「最低限の知識」です.最低限の知識だから,知っておくことは大事です.学校の勉強は大事です.でも,それで出来上がる知性って,形でたとえると,まあるい「球」のようなものです.

皆さんが,ROOT でやったことって,耳だったり,角だったり,この球体にデコボコをつけるような作業だと僕は思うのです.球だとピカチュウの顔はできない.皆さんの知性が皆さん自身になっていくのは,皆さんの「顔」ができるのは,このデコボコさせる作業が絶対に必要です.それが出来る,ということを皆さんはもう知ってます.

実際,うちの大学の学生さんに,基礎ステージを終えて社会情報科学部に来られた子がいました.僕もちょっと授業をやるのですが,そのときに ROOT の紹介をしたら,自分も参加していた,基礎ステージだけですが,と仰られました.その子の卒業研究も聞かせていただきました.ちょっと,周囲の子よりも個性的で,レベルも違いました.やっぱりですね,高校生からの生き方が,ちょっと違うんだと思いました.彼女は今度の春から大学院に進んで,さらに研究します.

こういう風に,今の経験が,大学受験やその後の学生生活に必ず生かされます.ですので,実践ステージにあがるあがらないを抜きにして,是非ですね,自信をもって,科学者の第一歩を踏み出した者として,生きていかれたらと思うわけです.ちょっと早いですが,修了おめでとうございます.


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1 月 14 日: 出不精

今年も松の内が明けて,地元西宮では福男が久しぶりに現れて, わしは 2 つの原稿を書き終わって,めでたい. 原稿を書き終わらないと,何も発言してはいけない気がして,苦しかったです.

アフリカのコートジボワールで開催される学会に出たいなぁと思ったり, トラで参加させていただいてるオケの指揮者の方がオランダの方だったり, どこかへ行きたいなあと思っているのですが,どうなることやら. 昨年,2022 年は,フロリダ,フランス,ボルチモアと 3 カ所に行ったのですが, スーツケースがフランクフルト空港の闇に消えたり(本当に戻ってこなかった), アトランタで乗り換えたらロストバゲージしたり(翌日戻ってきた), まだまだ交通が戻ってきてないようです. 2023 年も,とりあえず 3 回くらい行くのは予定してますが, 2019 年は 7 回だったことを考えると,まだまだ少な目.

と,書いてるだけで疲れてきた. 基本が出不精なので,実は何か月でも,多分何年でも,家にこもっていられる. 本当は,引っ越しも旅行も大してしたくない. 本当はボーっとしていたいけど,呼ばれて,仕方なく移動している.

ボロディンの人生について良く考えるのだけど, 彼も,そんな感じだったのではないかと想像する. 若い頃に,ハイデルベルク,パリ,ローマに行ってるけど, 全て,研究者として修業をするために仕方なく行って, そこで新しい音楽に出会っていた. でも,大人になってからは旅行したという記録があまりない. セルヴェやサン=サーンス みたいなヴィルトゥオーゾとは違う生活.

用事がないと移動しない,ということで. 誰か invite してくれないかしらん. 今年は福岡に沢山の人々を invite してるんですが. 用事があれば行きます. 日本語で書いても仕方ないかも.

正確に述べると,移動しないんだったらそのままが良いんだけれども, 移動してみたら,移動して良かった,ということが多いから, また移動してみたい.ということなのかしらん. それも他力本願で.


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