ホーム What's New! 錦魚屋敷 オルフェウス ゴーシュ Linux モバ Links 訪問者の部屋
What's New!
□ 見出し一覧 ■ 今までのもの ■ □ ■ 2022年 ■ 2021年 ■ 2020年 ■ ■ 2019年 ■ 2018年 ■ 2017年 ■ ■ 2016年 ■ 2015年 ■ 2014年 ■ ■ 2013年 ■ 2012年 ■ 2011年 ■ ■ 2010年 ■ 2009年 ■ 2008年 ■ ■ 2007年 ■ 2006年 ■ 2005年 ■ ■ 2004年 ■ 2003年 ■ 2002年 ■ ■ 2001年 ■ 2000年11-12月 ■ 2000年9-10月 ■ ■ 2000年7-8月 ■ 2000年5-6月 ■ 2000年3-4月 ■ ■ 2000年1-2月 ■ 1999年10-12月 ■ 1999年6-9月 ■ ■ 1999年4-5月 ■ 1999年3月 ■ 1999年1-2月 ■ ■ 1998年10-12月 ■ 1998年5-9月 ■ 1998年1-4月 ■ ■ 1997年後半 ■ 1997年前半 ■ 1996年 ■ .Lastupdate: Fri May 26 17:26:25 2023.
5 月 21 日: 最近の映画から
Tar は,女性の大指揮者の架空の人物が主人公なのですが,長くなりそう.ネタバレあり.
良くわかんないけど,創作に対して我が侭サイドに振ったら,こういう生き方で全然OKで,瞬間瞬間の選択も大して間違ってなくて,単にポリコレにやられた,って風にしかみえない.ポリコレで偉大な人物の足を引っ張る世の中を揶揄する映画なのかと思っている.
自殺した若い子の話だって,シェーンベルクが妻を奪った若い画家ゲルストルを追い込んだんだっけ,ああいうのに比べたら,ただ無視しただけなので,まあ仕方ないんじゃないかと思う.指揮者なんかになろうとするから.
だから,芸術家サイドの価値観全開であれを見たら,最後に東南アジアで振ってるのが意味不明.彼女の指揮者としてのキャリアは,ベルリンフィルでマーラー全集の最後の一曲,画竜点睛に失敗したことだけが悔いなんだから,別によそで指揮しなくてもいいでしょうに.
これをネタに作曲家としてもう一発「盛年期」を作って,あのニューヨークの古い家にこもって作曲しまくれば良いだけのこと.大きなオケは振らせてもらえなくなりましたが,世界最大のオペラを妄想しました,で良いわけで.だって普通あれぐらい偉大な人だったら,単に指揮者なんじゃなくて「音楽家」そのものと自己規定してるはずで,だったら自由なんだから!
などと,すぐに思ってしまうのは,自分もすべてを捨てさせられるって恐怖とわりと長らく戦ってきたので,社会的にそうなっても,創造的人間として生き抜くためにはどうしたら良いか,常に考えているから.
簡単な話,書籍編集者には研究室はないわけで.今もポートライナーで痴漢冤罪になったらポストを失うわけで,この映画に比べたら屁みたいなことかもしれないが,自分には大きな話です.最初はこのポストも任期付きだったし.
でも,それくらいで「死なない」くらいには図太いでしょ,彼女も.だから,映画の最後に作曲に向かわなかったのが本当に不思議.あの,舞台に乱入するパワーがあれば,まずは弦楽四重奏の3曲くらい書けるでしょう.書けよ,書いて死ねよって感じ.サン=サーンスも良くエジプトやアルジェリアに行ってたみたいだけど,あんな感じで,東南アジアの空気にインスパイアされて.ピアノ協奏曲を書きました,で良いのでは.
楽団員とギクシャクして辛い立場になる,なんてことはクラシックの音楽家だったら当たり前のようにあることで,でも,そういう立場に置かれたシューマンだって,そうなった後も書き残した最後の作品まで正気を失わずに作曲し続けた.
紙と鉛筆があれば作曲できるって,神様が与えてくれた最高の仕事なのだから.いつもそう思ってる.刑務所に入っても,物理学的妄想が枯渇してきたら次は作曲して,ってリピートで暮らせると思っている.凡人の僕でさえそうなので,コンミスのカノジョが言ってたように十分にあざとく,バーンスタイン並みに指揮と作曲の二物を与えられたという設定なんだったら,行けるはず.
ペンデレツキの最後のピアノ協奏曲.行ける行ける.
あとこれ. Jurassic Punk
この主人公の Steve Williams は,アビス,ターミネーター2,ジュラシックパークなどの映像を作った人.たった7歳上で,ここまでの仕事をするとは.で,アビスや T2 ではいろいろ受賞するんだけど彼の名前はおじさんたちの後ろに隠れてた.「特殊効果」の枠を超えて,Computer Animation をハリウッド映画で本質的に最初に実現した人なのだが,という話.
シリコングラフィクスのワークステーションを使って作画していく雰囲気が,本当,僕が計算機を触り始めた頃(のほんのちょっと前)なので,すげぇわかる.もうちょっと後だと世界中で誰もが彼の真似をして,とくに(この Steve の仕事じゃないっぽいけど)タイタニックでは 巨大な Linux クラスターで作ったという自慢話が Linux Magazine に載ってたのが印象的で,それから,ジョブスが 3D アニメをはじめたりして,ごくごく一般的になった.
「黎明期」に生きる面白さと辛さが良く描かれている映画.ジュラシックパークも,最初にスピルバーグがこんなの作りたい,というのがあって,それを受けて,ストップモーション,着ぐるみ,CG と,いろんな技術を持った人たちがそれぞれの技法で挑んでいく,というやり方が面白い.
お仕事論,としてみると,いろんな技術を開発するのはいいけど,儲けにつながらなかったら意味がないんだぞって話が途中で出てきて,ああ,そうだよなぁと思いましたよ.Done is better than perfect です.
ところで,CG って,今年の大河ドラマとかでもボロクソに書かれたりしていて,あるいは戦隊ものの最新作を見てたら景観がほぼ CG で,なんじゃこりゃって思ったり.これは建築における鉄筋コンクリートの受け止められ方に似てる気がした.鉄筋コンクリートの家に住んでて,ビルで働いてる皆さん,これが何年前に出来た技術か知ってますか.パリの郊外にある,世界で最初の鉄筋コンクリートの建物を見に行ったことがあるんですが,ユネスコの本拠地の近くなのに落書きがされたりして全然大事にされてなかった.Steve Williams の功績も,ちょっと似てると思った.みんなにとって当たり前になりすぎると,そして廉価で取り扱いやすい技術になってしまうと,みなさんは感謝を忘れてしまう.
技術って何故か本質的にそういうものなのかもしれないですね.たとえば鉄道の潤滑技術だって,満州鉄道の頃から新幹線が実現するまで,めちゃめちゃ戦っていたんだけど,ほぼ知られていない.軸受が焼き付いたら,たとえばフリーゲージトレインが(今のところ)失敗したように,今も大きな責任を伴うのですが.NHK のプロジェクト X が受けたのは,そういう本質が背景にあるからでしょう.科学的な発見の方が,ワクワクされがち.
黎明期の話に戻ると,ゴジラもスターウォーズも,それぞれの時代と場所で,わりと連続的に不断の努力で発明されてきたわけで,Steve にとっての黎明期は 90 年代前半だったけど,別の人にとっては別の時間かもしれない.黎明期に生きられなかったのが寂しい,と,これを見て思うよりも,今この瞬間が黎明期だと思って生きた方が,生き生きとできる気がしました.
4 月 10 日: プログラミング演習
「プログラミング演習」をやることになりました.ちょっとした恐怖(微笑).
っというのは,物理学や物理化学はちゃんとした先生に習ったわけで(先生の先生を辿れば欧米の偉人に辿り着ける.O'Konski 先生とか),「計算物理」を教えるところまでは良かった.が,プ,プログラミングは...
ピアノやチェロの方が,よっぽどまともな先生に師事してたかも.ということで..
ただ,他人の書いたコードを走らせるのがメインの今時の「シミュレーション屋」に比べれば,40歳前後までは,ほぼ全く他人の書いたコードを使わずに20年くらい研究してきたわけなので,カッコよく言えばガーシュウィンのように我流で駆け抜けてきたわけだ.あっはっは...
でもさ,ガーシュウィンからピアノのスケールやアルペジオの弾き方,和声学・対位法などを習いたいか,って考えると.うむむ..
やっぱ,すべてを音楽に置き換えると,いろんな「状況」を理解できます.子供の頃からやってきた思考法だけど,これは本当に使えます.心穏やかになった(笑).お子さんが必ずしもプロにならなくても,若い頃に音楽を教える理由は,ここにあると私は思っています.文化を学ぶことの祖型というか.
マーガレット・キャンベルの 「名ヴァイオリニストたち」 を読むと,なんと,現存するヴァイオリニストは,ほぼ例外なくコレルリまで辿っていける,ということが書かれています.同じ著者の「名チェリストたち」には,そこまで明確に書いてありませんでしたが,ガブリエッリあたりに行くのだろうか.
「名チェリストたち」における,マーガレット・キャンベル氏の問題点については, 2007 年 8 月 2 日: ボッケリーニとメンデルスゾーン に記していた.
まあ,自己解決するならば,リムスキー・コルサコフが管弦楽法を教えていたわけですが,あの頃のロシアの作曲家って全員,怪しいですね.みんなはチャイコフスキーが西欧派だと書いているが,曲そのものを聞くと,若い頃のボロディンの方がよほど正統的にメンデルスゾーンを勉強していたことがわかる.いずれにしても,ツェルターのような名教師がいなかったのに,ロシア人の皆さんは何とかしていたわけだ.
そういうことにしておこう.ここは,プログラミングの極東.
2 月 8 日: 「頼まれてないのに始めたら,頼まれるようになる」という流れ
こちらは,この間,トラで参加させていただいたオケの主宰者の馬場京子さん (青少年オケの後輩)のトーク.赤ちゃん OK のオケを何故作ったか,元気が出ますよ.
この,赤ちゃん OK のオケの方式は,その気になれば真似ができるから,世界中に広まれば良いと思って, 自分の話じゃないけど What's New! に載せました. 愛知県民の作り出したものは,他には「よさこいソーラン祭(高校の同級生の長谷川岳君が札幌で始めたのですが,日本中で似たような祭りをやるようになった.ド祭とか)」,トヨタ生産方式,スズキ・メソード,江戸幕府とかだと思います.
個人的には,その次の日本センチュリーの話題で,城山中学校の生徒会室の先輩の野村誠さん(作曲家)が出てきて,びっくり.僕が本気出して作曲を始めたのは野村さんに会ったのと青少年オケの音響に触れたときで,いわば原点にいる人々が同じビデオにいた(笑).
生きてると,いろんなものが繋がっていく.多分,世の中を楽しくしようという空気の流れがあるんだと思う.
馬場さんがやってることも,野村さんがやってることも,いわゆる正統派じゃないんだろうけど,じゃあこういう世の中で正統って何だろう?と思うに,曖昧としてくる.一ついえるのは,オープンに,多くの人が参加できるようなシステムであろう,ということかな.
この考えには大変同意で,僕の研究室も,会社の人もいっぱい来るし,高校生も来る.途中で仕事を失いかけた人も来る.どこかへ行く途中の人もいる.UNIX のプログラムでいえば | パイプされてる途中のコマンド | みたいな(新しい授業を考えてるので,表現が,こうなる 笑). 凄く愉快なのは,僕は4歳の頃から音楽にいろんなものを教えられてきたけど,未だに音楽に教えられている.今回の例でいえば,社会の中での在りようというか,を.
で,もう一つ大事なのは「頼まれてないのに始めたら,頼まれるようになる」という流れかも.
馬場さんも,めちゃめちゃ上手ですが,別にコンクールを総なめにしてきたタイプではないし,野村さんも京大理学部だし.音楽で生きてくれと頼まれてないと思う.一方で,ちゃんと?育って,N響で弾いてたり芸大教授になられた人もいる.
でも,後者のタイプであっても,多分,頼まれてもないことを沢山やっておられると思う.たとえば,コンクールを始めたり.権威とか組織がないと出来ない事業もある.僕らの分野だと,大学にいるからスパコンを使わせてくれたり親が高校生を預けてくれるわけで(って書いてみると,大学にいなくても実施可能な気がするが).
って考えると,どんな立場にあったとしても,「やってみなはれ」を実践しないといけないのだと思われてくる.時代の閉塞感というのは,子供の頃にも言われていたし今も感じるので,あまり気にしてはいけなくて,ただただ,やり始めなければいけないということだと思う.学生にもそう言ってます.
以下,蛇足の蛇足,になりますが,皆さんが会社で今日にでも出来ること,の例を昨日話していました.
うちの学生が学会の新人賞をいただいて,表彰式が5月にあって,出欠を問われています.で,「出れない」というので,何故かと訊いたら,入社予定の企業で研修中だから,というのです.いや,出たら?出ないと決めるのは簡単だが,せめて出られるように頑張ってみたら?と言いました.
あの新人賞は,会社にとってもメリットがある.某石油メーカーの研究所長さんなんて,ある年,「今年の新人賞3人のうち,うちで採用した子が2人もいた.」と喜んでおられました.認められた人材が入ってくるのが嬉しくないわけがない.
もっとも,僕の例でいうと.途中入社した10月に,サンクトペテルブルク大学の先生から招待されて2週間ほどセミナーを開いてくれ,と言われてました.僕らの開発したモンテカルロブラウン動力学は,物理屋だけじゃなく経済学者も注目してるから,とか言われて.上司に相談したら,断れ,と言われて,泣く泣く断りました.ロシアで1,2を争う名門大学でセミナーですよ.でもそれは,僕にとってはメリットがあるけど会社の人には響かなかったわけです.
けど,認めてやったら,本人のモチベーションはかなりあがってたと思います(ってか,そのときの僕のモチベーションはかなり下がった).その経験があったので,自分が採用担当した新人が勝手に,大学の若手と勉強会を開きたいといったとき,ノープロブレムといってやらせました.交通費とか出すノウハウを伝授して.
こういうことって,大抵のことは,許可してやるだけで,モチベーションがあがって,会社の業績はあがります.自分が変な「関所」にならない.否定しない,ってだけでいいから.二重否定は強い肯定(笑)
ということで,「(君を採ってくれた現場の)室長さんに相談してみ」と言ったら,期待どおり,人事とかけあって快諾をいただけました.これ,先に人事に聞いたら「ダメ」って言われそうな気がします.人事には人事の立場があるので.
実際には,大半の大人ってそうやってクリエイティブに生きてると思うのです.めちゃめちゃクリエイティブか,「否定しない」的にクリエイティブかはさておき.でも,若者にとっては本当,手探りの部分が大きいのだと思います.萎縮してる部分に気づく努力は必要かと思いました.っと言語化してみる.
1 月 15 日: GSC の〆のご挨拶
備忘録 GSC-ROOT での僕の〆の挨拶(研究計画を発表された皆さんを対象に):
(この日に,1年目の基礎ステージの受講生の皆さんは,自分で調べたり研究者とディスカッションして作った研究計画をプレゼンして,審査されました.60数名のうち当選者10数名が2年目の実践ステージにあがります.)
今日は皆さんお疲れ様でした.
半年以上をかけて書いてくれた研究計画を見させていただいたのですが,皆さん,本当,どれも素晴らしくて,中間報告よりもさらにブラッシュアップされていて,いろいろ意見を先生方からいただいたとは思いますが,全部,本当はすぐに研究開始したくなるようなものでした.
僕も 30 年くらい研究してますので研究者として偉そうに言いますと,研究って,研究計画ができたら 3 割くらい終わったようなものです.半分はいってないけど,かなりの割合.だから,研究計画が書けた,ということは,大人の人はビールを呑んで乾杯するくらい素晴らしい日,なのです今日は.
これから,基礎ステージを終えて,実践ステージにあがれる方と,基礎ステージで終えられる方と別れるわけですが,もう一回言いますが,皆さん素晴らしいのです.何が素晴らしいかというと,「研究をはじめるのは今だ」ということが,わかっているからです.
これを判ることって,実は一番大事なことです.たとえば.今朝,家でポケモンのアニメを息子が見てました.息子は中一です.登場人物に「モリブデン」とか「クロム」という名前の人が出てました.息子に「これって,元素の名前だよ」といっても,ピンと来てないらしいので,「周期律表って持ってないの?」といって,理科の資料集を出させて,原子核と電子について説明をはじめました.
そしたら,息子は「どうせ,もうすぐ学校で習うからいいよ」っていうのです.でも,周期律表を見たことがない人が,たとえば,「リチウムイオン電池」を理解することなんて出来ないわけです.生活の中で判らないことに出会ったら,学校で習うまでいちいち待ってなきゃいけないのでしょうか?
皆さんなら,それは違うって,わかってるはずです.学校で習うことって,実は,「最低限の知識」です.最低限の知識だから,知っておくことは大事です.学校の勉強は大事です.でも,それで出来上がる知性って,形でたとえると,まあるい「球」のようなものです.
皆さんが,ROOT でやったことって,耳だったり,角だったり,この球体にデコボコをつけるような作業だと僕は思うのです.球だとピカチュウの顔はできない.皆さんの知性が皆さん自身になっていくのは,皆さんの「顔」ができるのは,このデコボコさせる作業が絶対に必要です.それが出来る,ということを皆さんはもう知ってます.
実際,うちの大学の学生さんに,基礎ステージを終えて社会情報科学部に来られた子がいました.僕もちょっと授業をやるのですが,そのときに ROOT の紹介をしたら,自分も参加していた,基礎ステージだけですが,と仰られました.その子の卒業研究も聞かせていただきました.ちょっと,周囲の子よりも個性的で,レベルも違いました.やっぱりですね,高校生からの生き方が,ちょっと違うんだと思いました.彼女は今度の春から大学院に進んで,さらに研究します.
こういう風に,今の経験が,大学受験やその後の学生生活に必ず生かされます.ですので,実践ステージにあがるあがらないを抜きにして,是非ですね,自信をもって,科学者の第一歩を踏み出した者として,生きていかれたらと思うわけです.ちょっと早いですが,修了おめでとうございます.
1 月 14 日: 出不精
今年も松の内が明けて,地元西宮では福男が久しぶりに現れて, わしは 2 つの原稿を書き終わって,めでたい. 原稿を書き終わらないと,何も発言してはいけない気がして,苦しかったです.
アフリカのコートジボワールで開催される学会に出たいなぁと思ったり, トラで参加させていただいてるオケの指揮者の方がオランダの方だったり, どこかへ行きたいなあと思っているのですが,どうなることやら. 昨年,2022 年は,フロリダ,フランス,ボルチモアと 3 カ所に行ったのですが, スーツケースがフランクフルト空港の闇に消えたり(本当に戻ってこなかった), アトランタで乗り換えたらロストバゲージしたり(翌日戻ってきた), まだまだ交通が戻ってきてないようです. 2023 年も,とりあえず 3 回くらい行くのは予定してますが, 2019 年は 7 回だったことを考えると,まだまだ少な目.
と,書いてるだけで疲れてきた. 基本が出不精なので,実は何か月でも,多分何年でも,家にこもっていられる. 本当は,引っ越しも旅行も大してしたくない. 本当はボーっとしていたいけど,呼ばれて,仕方なく移動している.
ボロディンの人生について良く考えるのだけど, 彼も,そんな感じだったのではないかと想像する. 若い頃に,ハイデルベルク,パリ,ローマに行ってるけど, 全て,研究者として修業をするために仕方なく行って, そこで新しい音楽に出会っていた. でも,大人になってからは旅行したという記録があまりない. セルヴェやサン=サーンス みたいなヴィルトゥオーゾとは違う生活.
用事がないと移動しない,ということで. 誰か invite してくれないかしらん. 今年は福岡に沢山の人々を invite してるんですが. 用事があれば行きます. 日本語で書いても仕方ないかも.
正確に述べると,移動しないんだったらそのままが良いんだけれども, 移動してみたら,移動して良かった,ということが多いから, また移動してみたい.ということなのかしらん. それも他力本願で.
![]()