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自活するならフリーター・マップを埋めよう

大学生の自活

大人になると,他人の世話になることを恥ずかしいと思うようになる, かもしれません. どんな生き物も,親から離れるものですから,自然なことだと思います. ただ,大学生の間は,親の世話になれるのであれば, 世話になっても良いように思います. しかし,親の世話になれない,奨学金も足りない, そのために大学生活を早く切り上げて就職するのは, もったいないことだと思います. その場合は,フリーターとして働いたらいいと思います.
筆者は,浪人した挙げ句,父親も大学 2 年で亡くしたので, 30 歳で博士号を取るまで約 10 年弱, フリーターとして生活していました. 扶養者を亡くすと都合の良いことが一つだけあって, それは,国公立大学の場合は学費が免除になることです. また,育英会 (日本学生支援機構) などの就学ローンを受けることもできます.

フリーターマップ

クリックで拡大 まあとにかく,何らかの手段で働かなければいけない状況になったとしましょう. 右図は「フリーター・マップ」と名づけた図です. フリーターという用語は, Wikipedia に詳細な記述がありますが, ちょうど筆者の氷河期世代に誕生した用語のようです. まあ,説明しなくても判るでしょう. その際の,つまりフリーター生活を送る際のお勧めは, このフリーターマップを左下から右上を螺旋的に網羅しながら 狙うように転職していくのが宜しい ということです. 申し遅れました,横軸は「金になる,ならない」の軸, 縦軸は「面白い,つまらない」あるいは「役に立つ,つまらない」 という軸です.
(念のため申し添えますと,このマッピングは完全に個人の主観です. 職業の貴賎と関係するものではありません. 皆さん一人ひとりにとって,特定の仕事がマップのどこに位置するかは 変るでしょう.)

最初は清掃業

清掃業 (下の真ん中) は,浪人したときにやっていた仕事です. 学歴もない,まだ車の免許もない,そういった場合に, 就職することが出来る数少ない業種です. でも,本当に多くのことを学びました. 地下鉄の車庫で,車内を清掃する業務がありました. ここは,おじさんばかりでした. 既に昭和の終わりでしたが,元軍人さんがいらっしゃって, 海軍はオシャレだったこと (竿のことをマスト, 梯子のことをタラップと呼んだ), 海軍のライバルはアメリカ軍ではなく陸軍だったこと, などを教えてくださいました. 別の現場の名鉄金山駅では, おばさんばかりでした. 駅員の代わりに客に質問されるがまま複雑なダイヤを教えたり, OL さんとぶつかって嫌な顔をされたり, いろいろ勉強になりました. 地下鉄のおじさん達に,金山駅の事情をきかれて 「おばさんばかりでした」と答えたら, 「え,女がいるのか!」と言われ, 男は何歳になっても男なんだなあということを学びました. オフィスの掃除もしましたが, 基本は浪人中の荒んだ気持ちだったので, 駅の方が気がまぎれて楽でした.
一番,勉強になったことは,正社員の人に教わった 「あのなあ,掃除というのは見た目が全てだ. 本当にきれいにする必要なんてない. きれいになったねと,お客さんが思ってくれるか どうかが大事だ」という言葉です. サボってもいいということではないですよ. 顧客満足が一番だということです. 次に,可能な部分は手を抜いてコストを減らす,ということです. このように,何事も勉強になります. まあしかし,ものすごく面白いかというと そうは言えません.また,役に立つか, すなわちスキルアップに寄与するか, という意味でもあまり高くはありません. そこで縦軸は下になります. 一方,その後にやったチラシ配りよりは稼げますし, 若者は老人よりも手当が良いという不平等があったので, 左右の金銭軸は真ん中としました.

運送業経験はその後役に立つ

力仕事で他にやった仕事は,引越し屋さんです. これは面白いです. 同世代の仲間と一緒に仕事ができますし, 世間に住んでいる様々な方々の生活を垣間見ることができます. 引越し屋をやっていて達観することは, 世の中の人々の暮らしにはそれほど相違がない,ということです. 誰でも机や椅子,衣装ケース,冷蔵庫や洗濯機を所有しています. 持っているものは,同じ椅子でも安物のベンチから 高級輸入ソファーまでありますが, 基本的に現代人の生活に必要なものは,大きく変らないのです. そういうことを知るだけでも社会勉強になります,
また,引越しは人生の大きなイベントですので,人間性も出ます. 引越しの現場で,おじいちゃんは使えません. 作業の妨げになる孫の面倒を見てくれるのは,おばあちゃんです. 他には,先ほど人の持っている荷物は変らないと書きましたが, 研究者の引越しは重い書籍類が多くて業者にとって迷惑です. ですので,研究者の皆さんが引越しするときは, 作業員の方にお茶とご祝儀を出しましょう. それも,作業後ではなく前にです. 丁寧な作業をしてくれるかどうかは, 見積もりを行ったり苦情を処理する営業ではなく, 作業員にかかっています. そうした「現地現物主義」を学ぶことができるのが, 引越し業です. 筆者は最終的にはドライバーになりました. 作業員より時給が 1000 円ほど良いだけで,責任が発生するので, 割が良いとは言えませんが,現場をまとめるやりがいはあります. 立体テトリスのようにトラックに荷物を積み込むことは, 頭のトレーニングにもなります.

大学生は家庭教師

家庭教師は大学生の稼げるアルバイトの筆頭かと思います. 大学生であるということは,一定の学力があるということが 担保されていますので,労働にも付加価値がつきます. バブル末期〜崩壊直後 (バブルは音をたてて崩壊したわけではなく, 当時はどういう状況か良くわかっていなかった) だったので, 時給 5,000 円という強気の価格設定をしました. 払えない環境の方は払わないでください,と思って, 会社経営者や開業医の方々のご子息を中心にお教えしました. 当時お教えした生徒の皆さんは,ひょっとしてご覧になってるかしらん.
でも,家庭教師は,お子さん相手の仕事ですので, お子さん側にとっては面白いですが, 大学生側にとっては一通りの体験をしてしまうと, あまり学ぶことがありません. その点が,学ぶことばかりの実際の子育てとは違います. これは,楽になる,という意味で良いことですが, スキルアップにはなりません. フリーターでいられる時間は限られている筈ですので, 別の仕事にスキルアップしたいものです.

新聞社編集補助

家庭教師に邁進していた頃, 大学の友人が当時発売された「Windows 3.0」の本を書きました. 印税が何百万円もあったそうです. それを聞いたときに,一体何時間家庭教師をしたら 本一冊分稼げるのだろう,と途方にくれました. また,彼はパソコンを使ったプログラミングは儲かる, と述べました.
しかし,筆者は当時ポケコンしか持っていませんでした. 計算機マニアではなかったので,どうしたものかと 考えました.当時はパソコンも高価で, 親がいたら買ってもらえば良いのですが, 自分で買うのもどうかと思いました. 何より,買ってきて自宅で勉強している時間が もったいないと思いました. そういう時間は,統計力学や有機化学など, 直接金にならない勉強をするべきです. そこで, 仕事をしながらパソコンのスキルを身につけたらいい ということに思い至って, 家電業界の業界紙や,秋葉原のタウンマップを作っている 新聞社のアルバイトに応募しました.
そこでは,当時は 1 セット 500 万円くらいする スキャナーや,Machintosh や MS-DOS マシンが ずらずらっと並んでいました. 仕事は,家電業界の偉い人の講演会などの テープ起こしや, アンケートのプログラミングと集計などです. この仕事で,まずブラインドタッチを身につけました. つぎに,Basic を使ったプログラミングを学びました. そして,可愛がってくれた社員の方から, 「なんだ,パソコンも持ってないのか」と 哀れんでいただいて,定価だと 何十万円もするダイナブック J-3100SX をいただきました. CPU は 386SX で,20 MB のハードディスクつきです! 急に,用語がシミュレーション屋っぽくなってきましたね.
しかし,当時のダイナブックは IBM-AX 互換機で, 当時理工系の人々の使っていた NEC PC98 シリーズや,SHARP の X68000 シリーズ などとの互換性もなかったどころか, IBM-AT 互換機ですらなかったため, C コンパイラを入手しようとすると何十万円もするような世界でした. そこで,awk や perl といったスクリプト言語や, VZ エディタのマクロなどを学びました.

インターネット教室講師

その頃に,大学院に進学しました. いよいよ,分子シミュレーション屋になったのです. 東大のスパコンは (今でもそうですが) 根津の 浅野キャンパスにあり,駒場からアクセスしていましたが, 自宅など外部よりモデムを使って電話回線からもアクセスできました. しかし,電話回線はテレホーダイの時間帯でなければ高く (ピンと来ない人は何いってんだという感じでしょうね), 困っていたところに, SunOS の互換機を作っていた秋葉原の会社が, テレビと電話回線につないで Web を ブラウズできるという端末を作り, ショールーム,兼,インターネット教室を開く ということで,みごと採用していただきました. ここには専用線があり,お客様のいない時間は ネットを使い放題でした. 新聞社での時給が 1,000 円だったところ, 2,000 円以上になりました.
またネットの黎明期 (1996 年頃) だったので, いろいろなお客様の相談に乗り, コンサル業のように楽しかったです. たとえば,ラブホテルの付加価値として ネットをブラウズできるためには, いくらぐらいの予算が必要か,とか, アジアの某国に日本の地図データを送るためには, FAX と比較してネットはどの程度のコストか, といった質問です. この仕事で調子にのっていたら, IT バブル紳士のようになれたかもしれません.

念願のソフトウェア開発

そして,満を持してソフトウェア開発者になりました. 気象観測装置を 300 万円で作るという仕事です. 分子シミュレーションのコードは Fortran で書いており, C 言語の経験も少なかったので, いろいろ苦労しましたが,何とか乗り切りました. 何より困ったのは,正社員の人々は週休 2 日なのですが, 筆者は一仕事いくらで請け負っているので, 休むとそれだけ損をする,ということです. 少々手こずり,大学院の指導教官の先生や 他の方々にもご迷惑をおかけしましたが, なんとか無事終了しました.
いわゆるデスマーチで,体重が 20 kg 近く増えました. ソフトマター物理学でいうところの 「Volume phase transition (体積相転移)」です. 国道沿いのビジネスホテルに宿泊して, 朝の 8 時から夜の 2 時まで毎日働いていたのですが, 仕事が終わった深夜に空いている店は コンビニかファミレスしかなく, 食って死ぬか,食わずに死ぬか, という 2 者選択をして前者を選んだというところです.
福島原発の事故で有名になった多重請け負いの構図がありますが, ソフトウェア開発でも同様であるということを学びました. また,「仕様」というものの怪しさ,たとえば ハードウェアの仕様が変わると ソフトウェアにしわ寄せが来ること, 「不具合」という言葉の怪しさ,など, いろいろなダークサイドを学んだことも 今では良い経験です.

究極の仕事

実際の生活としては,上記のデスマーチを体験したあと, 指導教官の先生から 「博士課程に進学したければアルバイトの問題を何とかしなさい」 と言われました. ざっくり言って,「1 月あたり数日」 「1 年あたり数週間」までのアルバイトでしたら, 大学院における研究にギリギリ影響を与えないと思います. 1 年あたり 1 ヶ月を越えるようでしたら,要注意です. そのくらいの感覚で,仕事を選んではいかがでしょうか.
結局,筆者は定職についている現在の妻と結婚しました. 要するにヒモになったわけです. 皆さんも,大学院になったら, 日本学生支援機構の額も増えますし, 研究そのものが忙しくなりますので, フリーター生活からは足を洗って, 研究に邁進しましょう.






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