研究内容
当研究室の看板は ”材料シミュレーション” です.
自然現象の理解と
産業の役に立つシミュレーション技術を提供いたします.
もう少し細かく,当研究室の要素技術,着眼点は "界面の分子集団の物理化学" です.
材料の特性はバルクと表面で決まります.
バルクは神が創り, 表面は悪魔が作ったというパウリの有名な言葉がありますが,
それほど,物質の機能は表面の状態によって多様になります.
たとえば, 我々の体はイオン性の高分子(高分子電解質溶液)から出来ていますが,
分子同士が長距離クーロン力を適切に使うことにより,
生命現象のような高度な物質・エネルギー変換が成立しています.
工業的には,潤滑や電池に関係する材料では,この表面の機能性が重要となります.
材料のシミュレーションには,電子状態レベルのものと,
原子集団レベルのものとがあります.
後者を狭義の分子シミュレーションといいますが,
我々が得意とするのは後者です.
分子シミュレーションは統計力学に基盤を置いており,
また,流体力学との接点があり,別の意味で複雑であり,
計算手法の開発が終わっていません.
こうした,電子~原子~流体といった階層的なシミュレーション手法の提案も,
当研究室の大きなテーマです.
実施中の研究テーマ(科研費,国プロ,産学連携研究,財団等)に関する情報は
リンクにあります.
分子計算アルゴリズム
当研究室で 2015 年に大学に来るまでに 発表した論文の,ほぼ全てのシミュレータは自主開発のものでした. 最近は,オープンソースのシミュレータを活用できる部分は活用し, 解析対象や解析の着眼点が新しい研究を行っています. 修士院生の一部,博士院生,特任教員の皆さんは, 今も新しいシミュレータを開発して研究しております. 2024 年現在,引用数上位 20 本の論文のうち 14 本は当研究室で 1 から作った アルゴリズム&ソフトウェアによる研究です.これは分子シミュレーション業界では国内では稀です.
分子動力学
当研究室では,有機分子,水,金属,イオン結晶,
共有結合性アモルファスなどを扱える分子動力学シミュレータを開発して参りました.
MPI 並列化により,文科省次世代スパコンプロジェクトにおける大規模実証計算を
実施するなど,大規模系や高圧せん断場等特殊な環境におけるシミュレーションに
対応しております.
最近は,オープンソースの LAMMPS などをトライボ分子動力学に活用するため,
層状化合物系,境界潤滑膜の形成過程,弾性流体潤滑,摩擦フェードアウト,
防錆剤の物理・化学吸着など,化学反応を含む大規模計算に適用しています.
モンテカルロブラウン動力学
Metropolis Monte Carlo 法は, 平衡状態における分配関数を計算する手法として有名ですが, 我々は本手法が Fokker-Planck 拡散方程式の数値解法であることを示し, 非平衡系におけるブラウン運動のシミュレータとして実現しました. 溶液中のイオンや高分子の動的挙動, あるいはグラフェン・シートのすべり運動などに適用しています.
ナノ界面のイオン流動シミュレーション

分子間力の中でも長距離クーロン力は,もっとも強く,遠くまで伝わる力です. これを利用したデバイスとして電池があり, 生体系をはじめとする高度な複雑系はイオンの力を活用しています. 一方,イオン溶液は溶媒和をはじめとするミクロな個性を有しており, 粗視化分子シミュレーションのデファクト・スタンダードはまだ存在しません. そこで我々は,イオンの長距離相互作用とともに溶媒和や流体力学的相互作用を 適切に扱う分子~連続体のシミュレーション技術を開発しています. 本手法は,軟骨の低摩擦現象や,Na系二次電池のバインダ, 粘度調整剤高分子などの研究に適用しています.
原子レベルからのミクロンオーダー摩擦摩耗シミュレーション
分子シミュレーションの利点は,ボトムアップの材料設計,すなわち原子分子間の相互作用から 現象を議論できることですが,トライボロジーで重要である表面粗さ,接触における不均一な 応力分布,熱移動といったメソスケール以上の現象を扱うことはできません. そこで,原子レベルから 2 段階に粗視化した粒子モデルによる 計算手法を開発しており,固体間の摩擦摩耗現象の解析に適用しています. これは,トライボロジーにおけるミクロとマクロの「ミッシングリンク」を埋める 本質的な作業だと考えています.
トライボロジー
トライボロジーは "2つの相対する表面間におこるすべての現象の科学技術" で, 1966 年に提案された,潤滑や摩擦摩耗に関する学問の総称です. 当研究室の分子シミュレーションの大きな適用対象がトライボロジーです.
弾性流体潤滑油膜
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境界潤滑
境界潤滑とは,固体の表面に潤滑分子が分子層を作り潤滑している状態です. 当研究室では,有機系単分子膜による潤滑機構や,DLC-Si (シリコン含有ダイヤモンドライクカーボン) 膜の摩擦機構モデルとして, 表面に付着した水分子潤滑機構を提案しています.


固体潤滑

鉛筆の芯が低摩擦である理由は,層状分子の層間の分子間力が弱いからだと言われていますが, それでは何の説明にもなっていません. 当研究室では,グラファイト移着片の運動を計算する粗視化分子シミュレータを開発し, 熱回避運動による超低摩擦機構を明らかにしました. また,固体摩擦の起源に関してフォノン散逸を表現するシミュレータによる 研究もしており,固体摩擦を総合的に研究しています.
次世代電池
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Li は,世界生産の8割がチリ国のものであり, 元素戦略の観点から Na 電池の開発が期待されています. 当研究室では,Na 二次電池用の添加剤や負極バインダーの研究を, 新しい粗視化シミュレーション技術を用いて行っております. また,シリカ系添加剤の添加による電気伝導度向上や, 高分子物性と負極バインダーの関係などについて研究しています.
高分子電解質溶液,生体分子系
長距離クーロン力が支配力である高分子電解質溶液は,生体系がそうであるように, 世の中で最も柔軟で高機能なシステムを形成します. 一方,系の相関距離が大きいこと,マルチスケール性を有していることのために, 分子シミュレーションでの取り扱いは困難でした. 当研究室では,高分子電解質溶液を扱うのに相応しいシミュレーション技術を構築し, 超低摩擦を発現する高分子電解質ブラシの挙動や, 核酸分子の周囲のイオン雰囲気の動的挙動, 最近では溶媒水分子の挙動の研究を行っています. とくに,高分子上の電荷密度が高い際に低分子の対イオンが近傍に凝縮する ”対イオン凝縮” に関連する特異な挙動について 20 年以上研究して参りました.



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交通シミュレーション
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本情報科学研究科の特色として, 社会,人,自然まで含めたシミュレーション学の創造がありますが, 我々は,産業の発展により社会問題を解決するシミュレーション学を 提案したいと考えます. 近年,少子高齢化とともに過疎が問題となっています.過疎に関しては, 居住区域の選別,公共施設の集約,コミュニティバスの活用といった 選択と集中の指針が優先されがちです. しかし,江戸時代のため池開発 (兵庫県はため池数日本一) により 先人が長年にわたり拡大してきた居住領域からの撤退が, 正しい選択であるか慎重に議論する必要があります. たとえば,自動車の自動運転技術と燃費低減によって, 通勤圏を拡大することが可能となれば, 公共施設を集約しても集落を維持できると考えられます. 自動車燃費の予測計算手法を活用した社会シミュレーションにより, この問題を研究したいと思います.