「備忘録」に戻る

独立大学院の面白さ,境界領域に生きるということ

四文字大学,四文字学部

筆者は,東京工業大学生命理工学部生体機構学科という, いわゆる「四文字大学」 「四文字学部」「四文字学科」出身です. 「四文字大学」という言葉はあまり一般的ではないようですが, 「四文字学部」については,「法学部」「理学部」など 一文字学部と比べて, あまり良い印象が持たれていない という文脈で使われる言葉です. 筆者の出た大学院も, 「総合文化研究科広域科学専攻」という, 何をやっているのか良くわからない専攻でした.
実際は,生命理工学部は,理学部物理学科,応用物理学科, 化学科,工学部の化学工学科などにおいて, 生命科学関係を専門とする先生方が集まって作られたものです. 新しい酒は新しい革袋に,といいますが, 従来の学問の枠を越えた組織を作りたかったのだと思います. 創設者の先生の一人は「カルテック (カリフォルニア工科大学) には 1920 年代から生物工学の学部があったのに, 日本は 70 年遅れている」とおっしゃっていました. 新しい学問を作るのに乗り遅れた,という想いから発せられた言葉でしょう.
総合文化研究科は,東大の駒場キャンパスにある数学以外の 先生方が集まっている研究科ですが, 旧制第一高等学校以来の日本における「リベラル・アーツ」の殿堂として, 由緒正しい機関です. 日本語では「教養」と言い換えられますが,一般用語の教養というよりも, 様々な学問を対峙,融合させて,別の知を生み出すという作業をする場, というイメージでしょう. たとえば「科学史・科学哲学」などという分野は, いわゆる理系,文系というカテゴリーの両者の緊密な協力が必要であり, いかにもリベラル・アーツ的な学問といえます.
このように,生命理工学部にせよ総合文化研究科にせよ, 新旧の違いはありますが, 四文字学部は,様々な学問の境界領域を教育研究している, といえましょう. 当「兵庫県立大学大学院シミュレーション学研究科」も, 文字数は 4 より多いですが, 境界領域にある研究科です.

あらゆる学問は境界領域から生まれる

クリックで拡大 博士号を取るとはどういうことか という記事に,大変わかりやすく書かれていますが, 学問の全体を大きな円だと考えて, 円の内側を既知,外側を未知だとすると, 学問というのは円周において発展していくものだと イメージできます (右図は上記サイトの引用). もう少し補足します. リンク先の絵の,ぽこっと飛び出た部分が「専門性」ですが, ぽこっと飛び出た領域の隣には,「隣の凸 (隣の分野)」があるでしょう. 学問というのは,この,隣の分野との交流によって, 生み出されるものです.
たとえば,かのアイザック・ニュートンは, 近代物理学の創始者といえますが, 逆にいうと, ニュートンの出現以前には近代物理学はなかったですよね. ケプラーやコペルニクスといった,天文学はありました. しかし,近代物理学となるためには, 万有引力の法則の発見や,微積分を用いた運動方程式の 数学的な取り扱いの発明が必要でした. また,ニュートンは錬金術も研究しており, いわゆる物理学の研究よりも, 錬金術の方が熱心だったともいわれています. このように,近代物理学や解析学 (微分積分) といった 自然科学の根幹をなす伝統的な学問でさえ, 天文学や錬金術といったより古い学問の境界から誕生したわけです.

頭の良い人は

一方で,日本の学歴社会において頭の良い人は, 「中心」に居たがるように思います. 役所ならば中心的な存在である財務省, 民間企業ならばその業界の第一位の企業, そして学問なら,たとえば理論化学ならば 統計力学的な分子集団の理論よりも, 量子化学の方が頭の良い人がやる印象があります.
ですが,上に書いたように, 学問というのは境界領域から誕生するのではないでしょうか. 少なくとも,境界領域は未開拓なので, 成績優秀者でなくても活躍できる余地があります.
筆者がトライボロジー研究に参加した頃 (2001 年以降) は, まだ,トライボロジーにおける分子シミュレーション利用は 今ほど活発ではありませんでした. 皆さんはご存知かどうか知りませんが, トライボロジー自体は大変由緒正しい学問で, 流体力学のレイノルズ数で有名なレイノルズ教授が 潤滑の研究者であったことからもわかるように, 機械工学の中心の一つとして 200 年ほどの歴史があります. しかし,分子シミュレーションの利用については,まだまだでした. たとえば弾性流体潤滑という領域がありますが, これは高分子や液晶などソフトマターの研究経験がある人からみたら, 相転移の現象そのものです. だとするならば,各種の相関関数の変化を追うような, ソフトマターの統計力学の解析手法を用いたら, いろいろな現象を整理できそうです.
という感じで,自分が A (ソフトマターの統計力学) という領域について詳しければ, それを B (弾性流体潤滑) という隣の領域に持ち込むだけで, 新しい仕事ができるわけです. これなら,少々頭が悪くても,ひらめきで何とかなります. 境界領域が面白いというのは,具体的にはこういうことなのです.

シミュレーション学

シミュレーション学とは, 研究科長のメッセージ
「シミュレーション学」は、自然科学の分野で大きな役割を果たしている シミュレーション科学の更なる飛躍を目指し、人と自然が調和した望ましい姿で、社会、 人、自然を豊かにすることを目指す学問です。
とあるように, 計算機を使って様々な複雑系の問題を解いてやろう, という新しい学問です. 計算機シミュレーション自体は, 1940 年代に計算機が生み出されてから (アラン・チューリングはチェスのシミュレータを考案し, 計算機が遅かったため,その動きを手計算で示してみせたそうです) 一貫して発展しつづけていますが, 大気環境や医療,経済や政策といった幅広い分野の研究者を集めて, 「シミュレーション学」を創りあげる研究科は, 世界でここだけです. 是非,ここで知的なコンフリクトを楽しんで, 世界に羽ばたいていただけたらと思います.
ただし,一つ注意点があります. 学部では是非,前節で挙げた,あなたにとっての「分野 A」を しっかり身につけてください. それは,物理でも化学でも機械工学でも経済学でも何でもいいでしょう. 「分野 A」と,シミュレーション学とをぶつけて, あなた自身の学問を作っていって欲しい,ということです.

独立大学院の面白さ

当シミュレーション学研究科は,いわゆる独立大学院です. 独立大学院とは,東大の新領域創成科学研究科 (柏) や 東工大の総合理工学研究科 (すずかけ台) のように, 直下の学部を持たない大学院です. 筆者の出た大学院は,細かくいうと 総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系なのですが, この生命環境科学系だけ,筆者の入学した年は直下の 学部がなく (他の 2 つの系は教養学部基礎科学科が直下にありました), 他の大学からも入りやすかったです. 1-2 年,そういう状態が続いたあと, 直下の学科が出来たという記憶があります. そういう独立大学院では, いろいろな大学の出身者が混ざっていて,愉快です. 関西から来た人もいましたし,文系もいました. そういう場所で,知的なコンフリクトは生まれます.
ただし,弱点もあります. それは,OB 組織が弱いということです. たとえば,兵庫県立大にも姫路工業キャンパスに機械工学系の研究室がありますが, こちらは,姫路工大以来の伝統を受け継いで, 何十人,何百人もの OB が産業界あるいは学界で活躍しています. 他の工学部,理学部の分野においても同様でしょう. 理工系の技術者人生において,学閥は意外に大きなものです.
これを克服する一つの手としては, 出身学部の研究室の先生あるいは先輩方との コンタクトを絶やさず,仲良くしてもらうということがあります. また,当研究室は姫路工業キャンパスの機械系,化学系の研究室と 協力関係にあります. さらに,社会人になったら,研究室単位の学閥というよりも 大学単位の学閥という枠組みも出てくるでしょう. その場合は,姫路工大,兵庫県大全体の末裔として 扱っていただけるように努力してください. 最後に,シミュレーション学研究科の OB 組織を 頑張って盛り立ててください. たった数年前,2011 年にはじまった研究科ですので, 皆さん自身が「大先輩」になれます.
以上,独立大学院で知的コンフリクトを楽しみながら, シミュレーション学という新しい体系, 人の輪を作って行きませんか? ⇒鷲津研究室案内

(追記) 学部と大学院で学校が変わると就職時に損か得か

独立大学院であるということは,皆さんの出身が, 兵庫県立大の工学部や理学部であったり, 他大であるということです. 大学院進学時に大学を移ることが, 就職時にどのように採用担当者に見られるかということについて, 企業における長年の採用担当経験を踏まえて簡単に述べます.
基本的に,技術系の研究開発職であった場合は, 大学院時代にどのような専攻科のどのような研究室に所属していたか, を見ます.企業は大まかに,材料系,機械系,情報系,などといった 感じで分野ごとの採用人数を決めているところが多いですから. 採用側にとって都合の良い,「就職できる研究室」の出身であることが, 第一に重要であります.
では,学部との関係ではどうでしょうか. 学部時代よりも格上の大学院に進む場合は, 俗にロンダリングなどとも呼ばれていますが, 最終学歴=その人の価値,として見ますので, たしかに経歴は塗り替えられます. ただし,面接時に「この人はちょっと頼りないな」などと 思われたときに,「あー,学部がどこそこだから」といった 反応を誘起することは,まま見られます. 逆に,格上の大学の学部から格下に来た場合は, 専門分野 (大学院で何を研究したか) と同時に 学部のネームバリューも考慮します. 要するに,企業の採用では,その学生の経歴上の最も良い部分を まずはその学生の質として評価する,とお考えください. その上で,個人的にボロが出たり出なかったりするわけです.
エントリー時に特定の大学以下を締め出す, 俗にいう学歴フィルターがあるかどうか,についてですが, ないとは断言できませんが, 理系就職の場合は明らかに文系ほど強くありません. 学部と同様に修士まではポテンシャル採用 (何を具体的に 勉強したかよりも,その人が何ができそうかを学歴から判断する) で採用しますが,上述のように,大まかには,本人の出身学科, 専攻を考慮します.
ということで,当研究室は独立大学院であり, 「就職できる研究室」を看板としておりますので, どこからでもいらしてください. ちなみに,当研究室は機械や電池などに関わる材料工学分野に相当しますので, 本学工学部・工学研究科の 機械システム工学科,応用物質科学工学科に準ずる 企業等への就職を想定しています. 良いところばかりだと思います.






 ページのトップへ戻る