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研究人生と人格

はじめに

「大学院生〜向けの話」には, 失敗の話,辛さから立ち直るための話,をそれぞれ書いてきまして, ネガティブな感じになってきましたね (微笑). ここでは,一番難しい話,心の問題について書きます. これは,大変デリケートな問題でして, 大学院生活における心の問題といえば, アカデミックハラスメントと関係づけられることが多いです. 筆者は,お世話になっている上司や同僚の悪口を言う予定はありません. 一方,自分自身が今後,問題の種になる可能性だってあります. そうした心配がない,着任時の心境を書いていることを, まずお断りいたします.

一番辛いのは人間関係

会社などの採用人事の面接の質問で, 「今まで生きてきて一番辛かったことは?」と聞かれたら, 「人間関係です」と答えたい人は多いのではないかと思います. しかし,こうストレートに答えるのには少々勇気がいるでしょう. 本人がトラブルメーカーなのではないかと疑われるかもしれません. あるいはメンタルが弱いのかな,と思われる心配もあります.
研究者・技術者人生において,科学や技術そのものは, それほど人を苦しめません. もちろん,研究や開発というものは, なかなか解決できない問題が多く, 大変であるのは間違いないです. しかし,それ自体がストレスになるということは, 思ったより少ないのではないでしょうか? 「○○日までに結果を出しなさい」と, 一見技術の課題に見えるようなプレッシャーを与えられたとします. しかし,技術そのものの難しさよりも, それが解決しなかったときに,その発言をした人 (上司や教員) との関係がどうなるか判らない,信頼を守らなければならない, 怒られたら怖い,お客様に迷惑をかける,といった人間関係が, プレッシャーの元であるわけです.

科学と人格は無相関

辛さの元は人間関係であるのであれば, なるべく人格者のもとで,人格者と一緒に仕事をしたら良いかもしれません. しかし,科学技術特有の問題がここにあるのです. 一般社会では「人格>能力」です. いくら能力が高い人でも,人間的にダメな人は, なかなか職場では評価されません.仲間も少ないでしょう. 一方,科学技術の世界では, 「能力>人格」なのです. 人間として最低の人が,ノーベル賞級の仕事をしたとしましょう. 科学者の世界では,基本的に研究業績が全てですから, そういう人でも問題なく高く評価されるのです. この例えは極端でも何でもありません. 一般社会でも,人格的に困った人が上司になったり, ワンマン社長になったり,クレーマーやストーカーとして つきまとったりすることもあるでしょう. しかし,その人格的に困った部分というのは, 多かれ少なかれ他人からみてマイナス要素になり, 結局,本人が損する場合が多いです. ところが,繰り返しますが,科学の場合は,恐ろしいことに, 「能力>人格」なので, 人格が破綻していても,科学的に立派な人は, 立派だと認めざるを得ないのです. ここが,科学の興味深いところです. 科学的な正しさは人気投票で決まるものではなく, 科学者は業績で評価されるものなのです.

人格者と出会えるかは,運

ということで,皆様が学生,若手研究者,技術者, どのような立場で新しい研究環境に入るか判りませんが, どこにおいても,自分のボスに相当する人が, 人格者であるかどうかは, 厳密な意味で,運,です. たとえば研究室選びは,自分がやりたい研究なのかどうかで, 決めるべきです. 企業選びの場合は,高い技術を持った企業で仕事をするべきで, リクルータの先輩の人柄にほれて, といった理由で入るべきではありません.
もちろん,人格的におかしいボスのもとで研究あるいは開発を行ったら, 毎日のストレスがたまりますし, うまくいく仕事もうまく行かないかもしれません. どちらがベターかを考えるなら, 人格者のもとで仕事をする方がベターであるに決まっています.
しかし,それは繰り返しになりますが,運です. 人格者と一緒に仕事ができたならば, 運が良かったと喜ぶべきでしょう.

自分の人格について

上記のことは,研究者の社会においては, 一種の常識になっていると思います. ひょっとすると一般的には知られていないかもしれません.
研究業界で働いていると, あっと驚くほど失礼な人に出会います. 挨拶もできない親会社の人. 技術が理解できなくて逆ギレする研究者. 自分の専門外のことについて間違った評価を偉そうに述べる教授, などなど. 筆者は,超一流の人がそういう態度をとっていても, 我々は研究業界の住人なのだから, 受容すべきと考えます. しかし,ざっくり言って,研究業界の構成員の 95 % は二流です. つまり,二流の研究者,技術者の癖に態度がなっていない人が沢山いるのです.
これは,その人にとって損なのではないかと思います. なぜなら,科学・技術的に圧倒できるならともかく, そうでない多くの場合, 科学や技術の受け手の人々は,感情で受け止めます. この人は真摯だ,頑張ってる,礼儀正しく述べている,などなど. 繰り返しますが,態度などは本当はどうでもいいのですが, 多くの研究者,技術者は二流だから, せめて態度で自分のダメさを補完すべきではないか, と思うのです. ということで,研究者,技術者は礼儀正しく生きるべきだと思います. それは,他ならぬ自分のためなのです. 少なくとも,筆者が温厚に見えるとしたら,この理由によって温厚であろうと, しているわけです.

悩まないで

以上のからくりが判ったら, 心理的な苦しさから多少は逃れられるのではないでしょうか. 研究者の世界は狭いです. このため,奇妙なローカルルールがまかり通ることが多く, 理不尽だと感じる場面が多々あります. 慣れない間は,人格的に明らかにおかしい人が, 堂々と教授や准教授,研究室長であったりすることについて, 驚くかもしれません. しかし,それは科学という人類の営みの本質なのです. 良くいえば,変人でも許されます. それがデフォルトですので, もし人格的にまともな人にめぐまれたら, それを喜んでください.
もちろん,最近は大学ではアカデミック・ハラスメントの 対策は進んでいますし, 企業も含めてコンプライアンスというものは重要視されています. 以前のように,変人が変なことをして, 許される環境ではなくなってきました. しかし,実際は,明確に罰することが難しいようなケースが多いです. 灰色の解決をした方が,結果的に良い場合が多いです. しかし,それは明確に罰することよりも, ある意味,技術力が必要です. この手の問題については,悩んでいる人は, 立場が弱い人だけではありませんので, 周囲に相談すべきでしょう.

やめないで

鬱病の方に「がんばれ」という言葉を投げかけるのは禁句だそうですが, 研究生活で行き詰まっている多くの若い方に言いたいことは 「やめないで」ということです. 経験も実績も権力もない若い人が,人格的に困った人とトラブルになった場合, 最終的にとり得る手段は,大学なり職場を辞めることです. さすがに,学問の徒である以前に,我々は一般の国民ですから, 職業選択の自由はあります.
しかし,大学に入り,研究室に入り,といった自分自身への投資を 長い時間をかけて行ってきた末のことだということを,考えてみてください. 研究開発者になることが,険しい山登りのようなものだと,いつのまにか 考えていませんか? たしかに,トップ研究者のポストは限られています.あるいは自分のやりたい 分野は,その人格的に困った人をはじめとする極小数の 人間関係の中でしか成立しない世界なのかもしれません. しかし,研究開発者というものは,実はもっと普通の仕事です. あなたが登っているのは山ではなくて,もっと横に広がった 壁みたいなものです. つまらないエリート意識が幻想を見せているのだともいえます. とすると,解決手段としては,真上に行くのではなく, 斜め横に進むということも可能なのです.
以前,研究指導を行ってくれない,困った 指導教官のもとで博士研究を行うことになり, 大学の設置した学生支援の部署に行ってみたけれども, 心理的なケアしか受けられなかった,という若い人がいました. その方には,研究科長に相談したらどうか,と言ってみました. あなたは研究もして論文も書いているのだから, それをチェックしてくれない先生が,チェックしてくださったら 問題は解決する.先生がどうしてもチェックしてくれないのなら, 研究科として対応すべきだから,研究科長に相談すべきだ,と. 要は,本人が悪くないときに,それを本人の心の問題だと仮定しても 解決にならない,というケースでした. しかし,本人は辞めたいというところまで追い詰められていました. こういう場合は,本当にやめなくて良かったと思うのです.

技術者は回り道上等

やめる,という選択肢は,大変多くの人が口にしますし, 実際に途中で辞める人を沢山みてきました. 本当に,もったいないと思うのです. 日本社会は,回り道に対して厳しいといわれています. 筆者が 2 浪したときは,普通の就職活動をするには ギリギリだと言われました. さらに留年したとき,これで社会には出られない,と 思ったものです.
しかし,実際に研究開発者として社会に出てみると, 回り道をした人と沢山出会いました. 確かに,新卒で一流企業に入社するには, 2 年くらいの回り道が限界のように思われます. しかし,同じ一流企業でも,中途入社であれば可能だし, 会社のランクを一つ下げれば入れてもらえたりします. ここでいう「ランク」とは,新卒の学生さんの間での 人気ですから,実際に優れた会社であるかどうかとは別です. つまり,一流企業に入ることは十分に可能ということです. ちなみに,出版業界はもっと流動的で, 過半数の人が中途入社組なのではないかと思われるくらいです.
一般的には, 30 歳くらいまでに,人生の方針が立っていたら十分だと思います. 研究開発者であれば,良くいわれる 35 歳くらいまでは, 途中に数年間のブランクつきで,不安定なポストで 経験を積んでいても,その後に安定したポストに就くことは可能です. もちろん,その間に,相応の学歴(修士や博士)をつけることは前提です. 学歴がない場合は,よほどの特殊技能(スーパーハッカーであったり, テレビに出て何時間もその分野について語れるマニアであったり) がなければ辛いですから,学歴を得る方が楽だと思います.
だから,回り道をして結構ですので,やめないで,と思うのです. 理系の博士号は,中途入社する際に意外に強い味方になります.

ベテランも悩む

ところで,若い人だけでなく,ベテランも悩みます. どうして,「年上の人も悩んでいる」と言えるかを言います. 若い間は,目上の人との人間関係がプレッシャーになりますが, 年をとって経験を積んでくると, 目下の人の数が増えてきます. すると,実は「人格者と出会えるのは運が良い」といえるのは, 対年上だけではなく,対年下でも同じだということがわかるからです. 科学と人格が無関係であることは, ベテランに対しても成り立ちますが,若手に対しても成り立ちます. その違いは,ベテランには立場があり,若手は無名だというだけです. ですので,ベテランにとっても, ここに書いたような背景も判っているし, 経験も積んでいるし,鈍感にはなりますが, 根本的に問題が解消されているわけではないので, 真摯に相談したら,対応してくれるかもしれません.
下記のページはご一読ください. ハラスメントの防止について (兵庫県立大学)






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