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1998年5-9月 1998年1-4月 1997年後半
1997年前半 1996年
.Lastupdate: Mon Apr 4 09:25:33 2022.



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4 月 4: ヴィオラを直した

実家にあったヴィオラを直しました. 30年くらい眠っていた父のヴィオラを弾いてみました.元の楽器の弓はボロボロなので,息子のチェロの弓です.弦は新しく張り替えました. ヴィオラって,前から思ってたんですが「C線が主役」ですね,やっぱり.不思議と,ヴァイオリンのE線やチェロのA線みたいに「高くて張りのある方を弾きたく」ならない.何か弾いてても,C線に戻ってきたくなる.これがアルト,なんだな,アルト.




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3 月 27: ベートーヴェン的にはあと5年

先日,学位記授与式があって,シャンパンをいただいた.なんと自分が生まれた年のであるから 半世紀ほど経ってるわけである.こりゃびっくり. というか,最近は何事も個人情報が云々という考えが浸透しているので, 「研究室のウェブページの先生の高校の卒業年を見て,何年生まれかを推定しました」 と言われてビビった.なるほど,でも,それだと 71 年生まれかもしれないのだが.

で,70 年生まれということでベートーヴェンのちょうど 200 年後なので, ときどき,ベートーヴェン的な年暦を考えることがあった. 若い頃は,20 代前半とかについては,モーツアルトに比べると,はるかに この人は遅いデビューなので,余裕があった. 本 What's New! をはじめたのが 1996 年なので,ちょうど チェロソナタの作品 5 の 2 曲を出版した頃だ. で,今年は 22 年になったので,チェロソナタは 15 年にとっくに終わってて, 交響曲は既に第九のみ,ピアノソナタも今年,最後の 32 番を書かねば!なのです. 僕はまだピアノソナタは 1 曲も書いてないのに.晩年だぜ晩年. あ,だから「後期」と評論家は書いてるのか.

ともかくまずい.あと 5 年というわけだ. 芥川賞作家の田中慎弥さんが,自分の父親が 30 代で亡くなってるので, どうせ自分もそのあたりで死ぬだろう. だから,母親の世話のもとで仕事もせず思いっきり小説だけを書いた, という話をされていた(と思う). わしは,父親が 59 歳で亡くなっているので, さすがに仕事をしないとまずい,と思った. そこは大きな違いなのだが,どうせ父親と同じ時間しか 生きられない,と考えていたんだこの人も,と思って感動した. ともかくも,そのカウントでいくと 29 か 30 年に他界することになる.

それにしても,さっき,このページを久しぶりに編集してて思ったのだけど, ベートーヴェンのほぼキャリア全部の分だけウェブ日記を書いたわけか. それにしては密度が低い,かも. いや,意外に音楽についていろいろ書いた,かも.


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2 月 11: 研究室開設10年

研究者にとって「自分の研究室」をいつ持つのかは,それなりに大事なような気がしますが,FWG(フロンティア鷲津グループ)を立ち上げたのが2012年の2月なので,ちょうど10年です.皆様に多謝です. 当時のことを思い出すと,本棚を買ったり,部署の歓送会をやったり,いろいろ忙しかったです.実は今日,自分の学生の修論に関して元メンバーの方にメール書きました.まだ,ご縁があります.

それにしても,上述の通り自分の研究室を持ったのは40歳を超えてからなのですが,「独立して研究を始めた」のは2001年の30歳からです.会社に入ったけど,周囲は全員実験家だったので,分子シミュレーションの業務は自分ひとりで全部決めて進めていたので.独立してオリジナリティを発揮するのは,本当に大事です.当時は,企業にこんな世界があるのだと感動しました. 何度か書いていますが,「自分の研究」をやる環境は,大学や国研だけではありません.とくに理論物理の方は注意していただけたらと思います. で,僕も今,自分の研究室のスタッフには,なるべく独自性を持って研究を進める環境を作ろうとしていますが,全てうまくいくわけではありません.一方で,旧来の小講座制(教授,准教授,助教2人みたいな)のメリットもあります.悩ましい問題だと思います.

んで,目下,作ろうとしている循環はメンバーの「特任or客員教員からパーマネントへの転職」です.学生を良い企業に入れることは当然ですが,スタッフがいつまでもポスドク的な立場だと,いけないです.この4月は,6年間支えてくれた2名のスタッフが大学や高専のパーマネント職として栄転されることになりました.研究資金が尽きて不本意に研究グループを解散する恐怖とずっと戦ってるわけですが,無事に時が経って,5年程度という,大沢文夫先生もいってる「共同研究をするにはちょうど良い時間」(飄々楽学)を経て次のステップに進んでいただくことは,本当に何よりです.分子シミュレーション業界という,異様に,芸能界並みに生き残るのが難しい業界では奇跡的とも思います(当研究室は,学生はトライボロジー,先生は分子シミュレーション業界).お二人の先生が生き残るのは,ご本人たちの能力的には当然なのですが,運やマネージメントもそれなりに大事だと思いました.世界トップクラスの研究室では決してないのに,この状態を実現することの難易度は,多分,この業界の若手の皆さんにも伝わると思います.ということで,良い人材が次にも集まることを期待したいわけです.ということで,良い循環が生まれる気配がしているので,それを大事にしたいです.


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1 月 31: 阪神間モダニズムと神戸のスパコン文化

高校生の皆さんのためにスパコンを使った摩擦の研究を紹介する動画を作った. サイエンスフェアという科学文化祭のようなものを毎年,ポートアイランドで 実施してきたのだが,今年はオンサイトで実施できないということで, その代わりに会場を提供した本学の研究紹介をして欲しいということで, 修士 1 年生 5 人の研究紹介を中心に動画を作った. 別に神戸の高校生だけを意識したものではないので,後ほど公開できればと思う.

最近は,アクティブラーニングや高大連携が大変意識されているので, 昔に比べて中等教育から研究業界へのアクセスが大変良くなった. なので,受験勉強の先に何があるのか,については判りやすくなってきている. 一方で,受験関係のネットの情報を見ていると,数学や理科は ひたすら子供をセレクトするための装置,としてしか本気で 考えていない人々も,ぶわっといて,立ち眩みがする. 自分の子供などは,オリジナリティ溢れる,マイウェイでしか勉強しようと しないので,超高速で得点していく友人たちに追いつけなくて気の毒だ. まるで,自分そっくりで困る.しかし,大人になったら, そういう姿勢にも利点があるので継続して欲しいと思うわけだが.

超高速でもオリジナルでも構わないのだが, 勉強したり習い事をしたりすることの行きつく先は文化なのだ, ということを忘れてはいけない. 先日,息子のチェロの先生が大澤壽人のチェロソナタを演奏された. 大澤壽人は,阪神間モダニズムを代表する作曲家の一人で, 最近は交響曲やピアノ協奏曲について, フランスの 6 人組に全然負けてないモダンでオシャレな作曲家が 日本にも居たんだ,と再評価されている. で,チェロソナタは,わしも 聞いたことがなくて是非聞きたかった(が行けなかった). チェロを弾くにしても,コンクールに出場したり 名門音大に入学したりするのはプロセスの一部でしかなくて, 最終的にはコンサートでこういう曲を演奏するのが 真の文化的な行為なのだと思う.

ポートアイランドで分子シミュレーションを続けるのも, 学校の定員を充足させるとか,「やってる感」を出すとか, ましてや出世するための道具であるとか,ではなくて, 2011 年に京コンピュータが稼働してから,ここが世界で一番の スパコンのメッカになったので,すなわちスパコン文化の 中心地となったので,それを育てていく,というのが 唯一無二の使命なのである. 10 年経って,これが当たり前になりつつある. Twitter で某社の宣伝でわしの顔が沢山出てきたようなのですが, 何をやっているかというと,スパコン文化を育てているのである.



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