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.Lastupdate: Fri Feb 22 09:20:49 2019.





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2 月 22 日: イベントという「枠」を作ることの大切さは,音楽で学んだのかも

たとえば「 神戸材料シミュレーション学セミナー」. 僕の研究室では,遊びに来てくれた研究者の人に,うちの院生や,近所の先生方向けにセミナーを開いていただいています.で,学会の行事でもないわけだし,別に名前なんてなくても死なないわけですが,「神戸材料シミュレーション学セミナー」と名付けています.慎重に名づけているので,他の研究室(神戸大や甲南大なども含め)と被りません(シミュレーション「学」なんて名乗ってるのはうちだけ).こうやって,名前をつけておくと,研究者のCVに「~で招待講演した」と,一行書くことができます.これ,つまらないことですが,若手研究者にとっては,そこそこ大事だと思います.

僕がはじめてCVに書ける依頼講演,招待講演の類をしたのは33歳のときです.それまで,一度もお呼びがかからなかった.で,6回目に呼ばれたのは「RIKEN Seminar」でした.これは,人材募集のために訪問した K 先生の理研和光の研究室で研究紹介をしただけなんですが,履歴書に書けそうだったので(実際,英語でやったし),今でも書いています.こういう講演は,これまで60回やってますが,35歳時点では,たった6回なんですね.僕はマイナー研究者だったので.今でもマイナーですけど. ともかく,若手研究者にとっては,研究会に名前がついていることは,何かの役に立つと思うのです.科研費申請などでも,そういうことを書く項目がありますし. 僕自身,K 先生の研究室と似たような研究紹介をしたことは何回かありますが,名前がない会については書いていません.60回に含まれないわけです.

で,最近,そういう工夫をしていない事例を見たので,こういうことを書きたくなったんですが,では,なぜ,僕は自然にこういうことができるのだろう?ということを逆算してみました. 自分が若手の頃,不幸すぎて,CVに書く項目がなさすぎて,ってこともないわけではありません.が,もうちょっと考えてみたら,「音楽をやってたから」ではないかと思った次第.

音楽家って,アマチュアでも自己紹介するじゃん.僕の奴は こんな感じ. 最初に「バルトーク弦楽四重奏団第一回公開レッスン」てのが出てきますが,こういう名前で音楽系のイベントは開催されます.今でもググると痕跡は出てくる.これは1987年のことでしたが,プロの人たちも受ける会で(最初プロだと誤解されてて,むちゃむちゃ厳しい指摘を受けた 笑),プロの人はCVに書くわけです.書けるように,いろんな行事が構成されている. クラシックの人々にとっては,こんなこと言われなくてもわかるでしょうけど,考えてみたら,それ以外の人はあまり知らないのでは?

実は,この「神戸材料シミュレーション学セミナー」も,最初の数回は名前をつけていませんでした.鷲津研のゼミ+αでしかありませんから.交通費と謝礼は出したりしますが,本質はそこじゃない.で,あるとき,ふと気づいたのですね.4回目くらいだったと思う.そしたら,最近,お話ししてくれた数名は,彼らのCVっぽいところにこれを書いてくれているのを確認して,ああ,良かった,と思ったのです.鷲津研,とかじゃない,ニュートラルな名前にしておくのも大事なのではないかと思っています.


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2 月 10 日: 研究をやめることについて

Google には, Google Search Console というものがあって,簡単な登録をすると, 「google の検索と,自分の運営するサイトの関係」を教えてくれる.

たとえば,当 washizu.org には, 「linux wine」「gimp バッチ処理」「神戸商科大学 名門」「らんちゅう 水換え」「メンデルスゾーン 特徴」 といったバラエティ豊かなキーワードによる訪問がある, ということがわかる. ここは Linux,金魚,音楽の話題が多いので,そうなる.

ここ 3 年,大学に異動したため,大学関連のキーワードも増えてきた. 上記の神戸商科大学もそうだが,気になるワードが散見されるようになった. 「研究者 やめる」で2位, 「博士号 価値」で2位, 「研究者 やめたい」で3位, 「教授 人格」で3位, 「博士号 意味ない」で4位, という感じ.Google 全体で,ってことですよ. ってことは,日本のネット社会で,当サイトは,研究をやめたがっている, あるいは研究人生に悩んでいる人々の目に触れるサイトになってしまったようなのだ.

理由は明白で,当サイトの中にある 備忘録 に,普段,大学の先生があまり書かないようなことを書いてるからだ. この駄文の大半は,着任する直前に書いたもので, 新しい同僚となる先生方が「俺のことか?」と思われないよう (前職では,職場の悪口を延々とイントラネットに書いてる人がいてビビった), また, 偉そうなことを言って天に唾することにならないように, 気分が新鮮なうちに,書いておいた. (現時点では,一番最後の「 トライボ村への勧誘」だけは新規書下ろし).

この,「悩める博士」系の話題で,当サイトの中で一番ディープな話題は 研究人生と人格 であろう.ここでは,研究にまつわる人間関係の悩みを中心に, その背景と対策とを書いておいた. しかし,Google で上記のキーワードで検索して 様々な blog などを読んでいると,どうも,皆さんは 人間関係の悩みというよりも,どちらかというと「研究そのもの」について 悩んでいるようなのだ. 30 何歳になったけど論文が何本しかないからパーマネントは絶望的だ, といったような.

そうだった,そうだった.どうも,人間関係に疲れている間に, また,人間関係のトラブルを抱えている業界後輩の皆さんの悩みを 聞いてるうちに,そっちの話題が多いのかと思っていた. 「ポストがない」ということ自体は,相談されても どうしようもない場合が多いわけで,そりゃ,わしには相談しないわけか (といっても,シニアの PIになってくると,ポストの相談をしてくる方の 数もぐんと増える.実際に,お役に立っていることも何度もある. 自分は若い頃は恥ずかしがって,そういう相談は ほとんどしなかったので,もっと大っぴらに,ちょっとした知り合いの 先生相手でも若い人はポストの悩みを打ち明けるべきだ. 今は恥ずかしがってるなら).

まず申し上げたいことは,皆さん,研究者をやめるとかやめないとか 悩んでいるが,わしは実際に研究者を辞めたことがあったのだ. どうだ,この野郎,参ったか.辞めてから悩め(って何を言ってるのか良くわからなく なってきた).

業績も,驚くほど少ない.今も同じキャリアの人々と比べてかなり少ないけど, 昔はもっと酷かった.35 歳で 7 本.これは企業にいたからともいえるが, それ以前,修士を出たときの業績を数えても, 今の自分の研究室の院生より少ない.ざっくり彼らの半分以下だ. うちの学生は国際会議で何度も発表しているし,修士在学中に原著論文は出るし, 本当に立派だ.

なので,失礼なことを沢山いわれた.博士課程在学中, 友人の交際相手が学振に勤めているということで,頼みもしないのに 「この院生は業績が少ないからアカデミックは無理だ」と判定していただいたり, 実は,一度某大学の公募の面接に行ったことがあるのだが, 「業績が少ない」といって落とされたこともある. 今では,そう言われた先生より論文が多いけど.この二人には,いつかお会いしたい. それ以前にも,浪人中,現役で東大に入った高校の同級生に 「大学受験をなめるな(要約)」と長い手紙をもらったり, 大学時代の同級生からは,「お前は論文の書き方なんて永遠に理解できまい」と 言われたり,研究室の先輩やその他大勢からは「物理学が苦手なんだね」と 言われ続けてきた. いや,これらは失礼なのではなく,親切なアドヴァイスなのかもしれないが, 20 年 30 年近くたっても覚えているので,傷ついたことに変わりはない. まあ,大体当たっているのですが.

何が言いたいかというと,こういう風に,かなり駄目な人間の場合, アカデミズムで研究を続けられるかどうか,を悩むのは当然,ということだ. 何故,お前ごときが博士課程に進学して良いと思えるのだ?と, 自問自答するのは当然なのだ.医学,工学のような応用科学ではなく, 理学,文学のようにピュアなサイエンスであれば,余計にそう身構えるのは自然だ. なので,博士に進学した時点,ポスドクになった時点で, かなり人生の危機管理において,鈍感な人間なのだと自覚すべきだと思う. アカデミズムを志向する時点で,自分をミクロ経済的に「安売り」していることは 間違いない.わしは,医大合格を蹴って生物物理を志向した瞬間から,それを 自覚していたが,遅くとも博士進学のときに,それは悩むべきだ.

ともかくも,良い年になるまで研究を続けてしまった. 実際に研究者を辞める という劇薬を,まだ使ったことがなく 30 代半ばを超えた,といった場合に,何かアドヴァイスはないか. 一番,お勧めなのは トライボロジー屋になる ことである.ふざけているのではない. 実際,たとえば触媒の量子化学をやっていたのに 気がついたらトライボ屋になっていた人, DNA 高分子の相転移を議論していたのに 気がついたらトライボ屋になっていた人, など,「気がついたらトライボ屋になっていた」人々を とても沢山知っている. もう少し,一般的に何かということだったら, それは, 博士であることはとても重要 に書いたように, アカデミア以外に目を広げて職を探すのが一番だと思う. 大事なポイントは,どんな転身をするにしても, 自分の「ストーリー」がないと研究人生辛い に書いたように, それまでの自分の経歴との関連,ストーリー付けを 自分の中で出来るかどうか,が大事だと思う.

そうでない,どうしても今の路線で,しかも専門分野の 平均的な厳しさと比較して論文の生産性は あまり高くないのに続けたい,という場合はどうしたら良いか. たとえば,わしの研究人生を「分子シミュレーション屋」として 辿りなおすと,ずっと分子シミュレーションをやってきたわけで, ぶれていない.それでも生産性は低かったのに,今では 自分の好きな研究をしているように見える. それは何故かと問われたら.

その答えは,「じっくり勉強できる場所」を探すこと, なければ,それを自分で作ること,だと思う. 研究以外のことで,研究内容が救われるなんてことは ないと思った方がいい. 真面目に,研究をコツコツと続けるしかない.真面目に,だ. わしの業績は,転職して研究の一部を修士学生に任せるまで, 全てオリジナルの,1 から書いたシミュレータで実施した 自称,独創性豊かな研究である. 普通の論文の 3 倍から 5 倍は時間がかかる. そういうことを行える環境を作るのである. わしは博士を取った直後の 30 歳から,職務上の上司から独立していた. まさか民間企業でそういうことが出来るとは思っていなかった. 単に,上司が実験屋だったから,シミュレーションのアドヴァイスが できなかっただけだが.そういう,都合の良い, 居心地の良いポストを探すのである. 本来の研究以外の用務があっても気にせず,それもやる. やった上で,本来の研究の手を止めない(そこが博士課程や, いけてるポストの業務と異なる).

それは,ポスドクであっても可能だと思う. ポスドクをするなら,海外の有力なラボ,少なくとも国内の ビッグラボと思っていないだろうか. 確かに,そういうラボではコネもできるし箔もつく. しかし,似たようなスペックの人々の中に埋没もする. 「自分の研究」が出来るかどうかは,慎重に考えた方がいい. 最近は,地方の国公立私立大でもポスドクの公募をしている 場合がある.当研究室はその一つである. しかし,こういうところには,日本の若手研究者は なかなか応募して来ない. そこで,東南アジアの秀才や,一度家庭に入った研究室の後輩の女性を 活用して,研究を続けている. これは当方の戦略なわけだが,「研究の自由」という観点からみて, こういう微妙な研究環境を逆に活かして, 自分にとって自由な状態を作れないだろうか. ヒントは上に書いた.

とにもかくにも, 転職してから,当サイトをご覧いただいて, 進路相談に来られる方が,何人もおられる. 学内学外を問わず.たぶん,何かの役に立っていると思う. そろそろ,家庭教師代をいただいても良いような気がしてきた (微笑).


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1 月 16 日: 成長する部分としない部分


本年も宜しくお願いいたします.

次の干支がきたらもう還暦だし,始皇帝も織田信長もロベルト・シューマンも もうそろそろ亡くなってる年なわけで,「もう良いだろう」,と言われても (誰から言われるのかは知らないが),文句を言い返せない状態である. ただ,安藤百福氏がチキンラーメンを発明したのも,恩師の菊地先生が Monte Carlo Brownian Dynamics を発明したのもこの頃で, どうも自分はこれらの人々に近い気もする.

そうやって考えると,長らく生きてきたのに,人間というものは 本当に成長しないものだと思う.いや,俺は成長している, お前だけだ,と言われるかもしれないが,多くの大人と呼ばれる人々は 実は成長していないというのが実態だと想像する. 親戚などを見ていても,これが 70 歳,80 歳になったからといって 何か状態が変わるようにも見受けられない.いやはや.

とくに,研究をしていると人間は成長しない気がする. これも,お前だけだと言われるかもしれないが,聞いていただきたい. どういうことかというと,「試験前の受験生の気分」が永遠に続いている, という感覚だ.身につけねばならないものが身についてない状態, 勉強が足りない状態,というものが永遠に続く感じだ. 研究をしていると,勉強が足りない,ということが多分他の仕事よりも 強烈に実感されるのだと思う.他の人生を選択しなかったので, これが他の仕事だとどういう感じになるのか判らない. けど,研究者は,大学院生あたりの皆さんが感じている 焦燥みたいなものが,ずっと続いている状態だと言ったら, 若い同業者にはイメージしてもらえると思う. それとも,研究者であり,かつ,もう俺は焦ってなんていない, 成長し終わった,と言う人がいるのだろうか. それは,元研究者というのではないか,と思うのだが, そういう子供じみた理屈を言いたくなるのも,成長していない証拠だと思う.

では,20 代と何も違わないのか, と言われたら,そんなことはない. 何が違うのかというと,人間関係の持って行き方,について 多少の知恵がついていることだ.

たとえば,「他人に任せる」ということがある. いや子供だって,部活のキャプテンをやってました, 生徒会長をやっていました,という経験があれば, 「他人に任せる」というについて習熟している子供も いるかもしれない.それは結構なのだが, 研究者が「他人に任せる」ということは,ちょっと ニュアンスが違う. 研究者がなぜ研究をするかというと,まあ,自然や人間の神秘を 理解したいからである.理解する主体は当然自分であるから, 「研究をすること」と「他人に任せる」こととは, 本来,相反することなのだ.

このことに,いつ気づいたかというと, 長期のインターンシップの学生を指導したときだ. わしは,修士学生にインターン生の指導を任せた. 隣の先生は,自分でインターン生を指導した. その結果,当然ではあるが,隣のインターン生の方が 研究成果のクオリティが高かった. そのときに,ああ,他人に任せるとクオリティが下がる, しかし,組織(ここでは研究室)全体の成果を最大化する ためには,ときには,他人に任せてクオリティが下がる ことも甘受しなければならない,ということに 気づいたのだった. インターン生の指導をした学生のスキルはあがったし, 教授がつきっきりで対応しなかった分,他の部分での 成果は別にあがる.要するに,研究室が 4-5 人くらい までなら全部自分が対応すればよいが, 10 人を越えると,任せないと回らないのだ.

なので,こうした,組織作りのノウハウというか, 心の持ち方といったものは,自分が一兵卒だった頃には 当然身につけなくて良いことなので, 大人になると成長する部分である. まあ,自分が中学校のブラスバンド部の部長だったら, そんなことは理解しているよ,と言われるかもしれない. しかも,これは研究者が研究することの本質とは, 本質的には関係はない. ただ,プラクティカルに,つまり研究室を運営する ことを期待される際には必要なスキルだと思う.

そういうこと,たとえば「他人に任せる」ということが 理解できていなければ研究者として「出世」できないか, と言われたら,そんなことはない. 研究の現場で「マイクロマネージメント」という言葉を 聞いたことがあるかと思う.部下が 100 人いる部長や重役なのに, 個々の部下の進捗管理を必要以上に事細かに行う人. さらに大きな組織の長であるのに,専門家の見解を信用せずに 自分で判断しようとする人. そういう人々は,研究の現場に沢山いる. どうやって,その地位になられたのかは良くわからないが, 「他人に任せる」ことができない人が, 大きなマネージメントをしている場合がある,という実例は, ままある.

ということで,研究者はオッサンになっても成長しない. 成長する部分は,言わば社会的な部分であるが, そこが成長しなくても,問題のない人は沢山いるので (これは,当人からみて問題がない,ということである. 迷惑を受ける人もいる), 気にしなくて良いのかもしれない. ということで.