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.Lastupdate: Sun Feb 12 06:04:53 2017.


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2 月 9 日: 極北について

女房がよければ、かなしみは半分に、よろこびは倍になる。「極北の犬トヨン」

ひどく汗をかいた動物に,すぐにえさをやるのは禁物だ.そんなことをするのは,毒なんだ.
(トナカイを酷使して長距離を移動したときの言葉.まずは汗をふいてやるそうです.)

おまえはツンドラのむすこじゃないか.犬は人間の友だちなんだ.神さまは,人間をつくるとすぐに,犬をその「つれ」としてくださったのだ.犬は人間のために猟をし,人間のためにはたらき,人間とその家畜を守ってくれる.いいか,犬のありがたさを知らなきゃいけない.
(俺は犬を飼っていなくて大丈夫か,と思います.)

このあたりにすんでいる人たちはみなそうだが,グランも流刑になった政治犯人には,なにか大きな神秘的な力がそなわっているように思い込んでいた.そうでないことには,どうしてかれらはあの絶大な権力を守った皇帝を相手にしてたたかうことができるだろうか?
(今の活動家の方々も,こんなに立派に扱われると良いですね.)

ことわざにも,「火は火花のうちに消せ.」というからな.
(性根の悪い知り合いの少年を引き取ったけど,娘にレイプ未遂を起こされて追い出したときの主人公の言葉.)

「なあ,おかしいじゃないか?むかし,おれたちが所帯をもちはじめたばかりのころは,心配ごとは,いまよりうんとたくさんあったのに,おれたちは,なんでもたりていた.(中略)が,今は金,金,金だ.むろん,トナカイをすこし売りとばせばいいわけだが,さんざん苦労して家畜を手に入れておいて,それを金にかえるためにばらばらに売り飛ばすんだったら,いったいどういう意味があるんだ?(中略)おまえの考えはどうだ?」 「そうね.トナカイを見てると,たのしくなるわ.」 しかし,アンナは,夫より実際的だったから非難めいた口をきかずにはいられなかった.
(で,どうしてロシア風=近代的な家を借金してまで買ったかを指摘する)

幸福は,つかまえて,すぐにかごの中にとじこめることのできる小鳥のようなものではないと,いまはグランでさえも思っていた.
(児童文学というよりも,オッサンが読むべきものですね.それとも,ようやく,小学校6年生くらいの知能に自分がなったのか.)


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12 月 29 日: ボロディンについて

「思ったことを言う」ことは,年をとればとるほど難しくなる. 大学院生の頃の本稿を見ていると晴れ晴れとした気分になる. その後は会社員という制約を受けながら,しかしながら 業務と全く関係のない音楽の話題であれば自由であろうということで, 駄文書きを継続することができた. 最近は,読者限定の Facebook であれば良いであろうということで, ある程度,刹那的に思ったことを書いているけれども, それも限度があって,進行中の共同研究のことや,学会等の社会活動や, 受け持っている学生のことをベラベラ書くわけにはいかないし, いくらアカデミズムには摩訶不思議なルールの数々があるからといって, たとえば事務手続き上の愚痴などもいうべきではないし, 家庭のことも細かく述べるのは危険である.

社会に関して思っていることを述べるのも,微妙であろう. たとえば,山陰新幹線というのがあって, わしは縦に,つまり「スーパーやくも」が走っている 岡山-米子-松江-出雲の区間を ミニ新幹線にしたらいいのにと思っているのだけれども, ひょっとしたら反対意見を持っている人に物凄く怒られるかもしれない. (この都市圏には 70 万人ほどの沿線人口があり, 秋田新幹線を作れるのであれば山陰新幹線も十分必要といえると 思うのだが,現在は「単線」である. 人口 70 万の町,たとえば八王子や町田に行くのに,立川までは複々線ですが そこから先は単線です,と言われたら怒るだろう. 単線のため,現在の 在来線特急車両でも本来 1 時間少々で行ける区間を 2 時間半もかけている. 岡山から 2 時間半新幹線に乗ったら熊本までいける. 山陰と四国が国土開発から取り残されている. この山陰新幹線が実現しない理由は,鳥取市が路線に含まれないため, 山陰両県のうちの片方が政治的に反対するからだと思われる. と,ここまで書いて,あ,しまった,と思う次第である.)

関西についても,引っ越してきて良かった,沢山の素晴らしい体験が あったと思うけれども,率直に書くと誰かを傷つけてしまうかもしれない, などと思ってしまう. 大人なのに思想家である,小説家である,詩人であるといったことは 予想以上に凄いことなのだと思う. 谷崎潤一郎について考えることが増えた.

教育について思ったことを書くのは,もっともっと難しい. ここでいう教育とは自分の現在の仕事である大学院教育のことであるが, この一年ほどで物凄く沢山のことを考えた. 考えただけではなく実践している. しかしながら,それを述べることは避けたい. なぜなら,何か方針のようなことを書いた途端,その方針と 真逆の考えを持っている同業の人に迷惑をかけるからだ. 大学教員はそれぞれ個人商店の店主のようなものであり, 隣の店の商売を邪魔することは宜しくない. 自分の方針については,研究室の立ち上げと同時に ウェブページに書いておいた. ウェットな感情論についても,事前に 備忘録 として 書いておいたので,そういうものが必要な人にも対応できていると思う. 基本的に大きな修正はなくてよかった.

書いて残す,ということが減ったかわりに,沢山喋るようになった. 研究者としてのスタイル,それこそノートをどう取るかとか, グラフをどう描くかといった極々基本的なところから教えている. 教えるためには,なぜそう思うのかについてこちらの考えを述べ, 相手の考えを聞く.楽器の演奏と同じで,自然科学は技巧 craft の部分が大きくて,本を読んでいるだけでは学べない. 授業料を払って学ぶ真面目な根拠がある. という実践を必要とするため,研究所ではあまり必要として なかった技巧伝達のための会話が増えた. ここで小さな問題があって,同じ話を何度もすることである. 同じ話を何度もすると,相手は当方を「先生」だと思っているので, 遠慮して「また同じ話をしてますよ」とは言ってくれない. そこで,この話を以前しましたか?ということをポイントごとに 聞くことにした.

今日の本題はボロディンについてであった. 概ね 9 月 10 日: チェリスト・ケミスト・ボロディン に書いた通りなのだが,その後, 自動車工学には「最先端」が溢れている にちらっと書いたけれども, ボロディンの化学者としての業績を理解するために 盟友のメンデレーエフについて調べる中で, メンデレーエフこそ現代の化学者が模範としなければ ならない研究態度を取っているということを認識した. 自分の書いたものであるが引用すると,
役に立たない研究こそを頑張るべきだ,と言ってるのではありません. 先に挙げたメンデレーエフの卒業論文は鉱物の結晶の話ですし, 私講師資格論文はケイ酸化合物 (岩の類) の構造ですし, 博士論文はアルコールを水で割ったときの分析,酒の話です. その大変泥臭い分野の研究者が,究極の理論的洞察力を発揮して, 周期律表を発見するわけです. 科学とは,本来は実学の中に重要な自然の神秘が隠れているものである, と言いたいのです. 大学の側に立っていうならば, そのために,産学連携は是非必要なのであって, 学問的な態度を忘れて,二流の開発者となる必要はない, と思うわけです.
大学に移ったときは,博士号を取る以前のように, 仙人のようにひっそり生きていこうと思わなくもなかった. ついに,誰からも指図されずに好きな基礎研究を存分にできるのだ. 研究成果は真に理解力のある,判る人にわかればよいし (恩師は全員そのタイプだった), 学会長の類になったわけでもないので学術界をリードする気概を出すのも変だし (もちろん世の中が良くなる方に微力ながら尽力しますが), 生命の起源を物質論的に正しく理解したいという当初の志も忘れていない.

しかしながら,学生教育を真面目に行おうとすると,上記の考え方だとちょっと違うように 思われてきた. もう少しプラクティカルで,多くの人が面白い,役に立つと思ってくれそうな テーマが沢山あったではないか. それを学生が実践してくれたら,「普通に」良い成果が出て,良い就職ができるのではないか. 自分がいわゆる就活に苦労し,また産業界において採用や人材育成を担当してきた経験からして, もっと学生たちが幸福になる手伝いをできるのではないか. 彼らは,赴任してみて思うに,とても優秀であり将来をスポイルしては いけない人々である.

これからは,スパコンを駆使したモノづくりはどんどん加速する. いわゆる SE (SE という言葉は好きではない.エンジニア=システムエンジニア,のように 使う人々がいて,機械工学者の端くれとして甚だ違和感を感じる) , プログラマーの数が足りなくなる と言われているが,研究開発のためにスパコンを使う人材はもっと足りない. どうも,良い時代に研究をしているようである. 両手の指の数では足りない数のメーカーの方々が来られて, 鉱物の結晶や,ケイ酸化合物や,アルコールの課題を示してくださる. 自分の分野の場合,いわゆる中央研究所が衰退して研究を大学にアウトソーシングする 時代が来た,という文脈の中に位置づけられる話というわけでもない. 皆さん,どちらかといえば重工業の方々で,中央研究所も機能している上で, 次世代の技術を一緒に作ろうという話である.トラッドなのだ. メンデレーエフだってハイドンだって,そうやって歴史的な存在になった. 目の前の課題に対応する間に,ポスドク,社会人博士学生,修士学生,秘書さんなどの 大所帯になった.普通の理系の先生のように仕事をせねばならない. 歴史的な研究をできるかはさておき,工房を運営するという 自転車操業がはじまった.責任を果たす必要があるし,優秀な院生を確保し, 活躍してもらうための様々な工夫が整いつつある.

当 What's New! には,魂のことしか書かない場所なのであるが, ついつい本業ど真ん中のことを書いてしまった. 今年は PPAP が流行したが,生命はなぜ高分子電解質溶液からできているのか, という自然科学の根源的な問題(これについては,7 月にウィーンに invite して いただいて,Manning 先生と久しぶりにガッツリ議論ができた)と, 摩擦摩耗や電池といった産業的な課題に対応することが, りんごに刺さったペンほど意外性もなく, 矛盾なく同居しているように思われる. 長生きして良かった. 来年も何卒宜しくお願いいたします.


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7 月 17 日: 今年のレクチャー&ライブ

今年は,3 年続けてやらせていただいていたレクチャー&ライブを残念ながらできません. 4 年目は,「チェリスト ケミスト ボロディン」という題目で,ボロディンの未完成のチェロソナタを中心に紹介する予定でした.要旨の一部は こちら. もう面倒なので,これまでの講演内容をまとめて本に書こうと思います.究極の自己満足ですが. ボロディンの生きた頃のロシアは,化学としての辺縁(彼らが学位を取ったときには化学という分野はなくて,鉱山学だった.なので,メンデレーエフは鉱山学で,ボロディンは医学で学位を取らざるを得なかった),音楽としての辺縁(ボロディンは西欧にその交響曲を認められた最初の作曲家である),二つの辺縁でした.辺縁における文化構築という観点からボロディンを見ると,強いアマチュアイズムと,組織構成への意欲に全体が支えられているということが見て取れます.そういう観点で,化学と音楽の両面からボロディンを論じた文章は(少なくとも日本語と英語の文献を読む限り)ないように思います.その意味で,ボロディンを論じる意味があると思った次第.

お詫び?というのも何ですが,以前,石川さんたちが演奏してくれた僕の曲へのリンクを まだ貼ってなかったので,お聞きください.
神様だけが知っている


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