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.Lastupdate: Sun Aug 14 18:22:18 2022.





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8 月 14 日: 子供用フルサイズ楽器

このたび,子供用のフルサイズの楽器を購入しました. 結論から申し上げると, 自分の子供の頃に使ってた楽器( II 号 BENEDIKT LANG 君) より,はるかに良い楽器です.

長くなったので続き


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8 月 9日: 変わらないのは困難だ,けど可能だ

本サイトの Links のページにときどき手を入れている. リンク切れになるので,新しいサイトを探すか,archive からサーベイして来ている. 本サイトにリンクを張ってくれる人は,この 20 年ほどは,ほとんどいないので, 必然的に 20 年ほど前の事情を切り取ったものとなる. カップルでバンドをやってたけど別れた,とかが多い感じする.

で,思うことは,わしはこの四半世紀,ほぼ変わっていない. 少なくとも,このサイトの維持という意味では変わってないし, 中身としても変わったつもりはない. 職業はフリーターから大学ベンチャー CTO まで変わったし, 若干の軌道修正はいつもしている. 未知の変な人に出会ったら,どう対応するかとか. それにしても,変に pretend せずに素直に付き合う ということを,大人になってからはずっとしているので, 20 代の頃にアルバイト先で出会った人も, 最近,仕事がら出会った人も, こちらとしては大して違わない対応をしているつもりである. もちろん,必要な配慮はしますが (子供じみた対応をしないよう自制したり,若い人には奢ったり).

長い間,生きていると,それまで感謝しなかったことに感謝することもある. たとえば,コロナ対策については,分子生物学を学んだことが大変役にたった. コンタミをなくすための技術.具体的には,ガラス器具の洗浄の方法. RI の混ざった液体でエレベータなどを触った学生が出現した場合の対応, 温度や湿度とウイルスとの関係,一挙手一投足について, 分子生物学の実験家として振る舞うと,わりとそのままコロナ対策になる. 具体的に教えて,と言われても,大学に入ってくれ,としか言いようがない. たとえば,ガラス器具の洗浄にしても,べき乗則でキレイになる などということを口で説明するためには,数学の説明も必要なので,時間がかかる. で,分子生物学は就職する際にも何の役にも立たなかったので, 若干怒りを感じていたのだが,いやいや,これはこれで若い間に 勉強しておいて良かった,と今になって思ったのである.

変わらないためのコツ,のようなものがあるのではないかと思う. 大きな一つは,金持ちにならないことではないか,と思う. 父の方が祖父の遺産を継いだ分くらいリッチだったのだが, まあ,その一線は越えない.越えてしまうと,いろんな感性が 鈍るような気がするのだ. たとえば,目的地にいくときに,市バスに乗るか乗らないか,みたいな. やはり,市バスに乗る側でいたい (っと思って,最近パリの市バスに乗ろうとしたら路線が狂ってたりして 最初から Uber に乗ったら良かった,となったりしたけど).

変わらないためのコツ,あとはセコく生きることだろうか. 経験したことを,全部,儲けるために使う. 儲ける,というのは,自己投資という意味あいで, たとえば無理やりやらされたことであっても, そこから何か学び取るような態度でいる,とか. 先日,つまらない会議に呼び出されて,狭い部屋で 待たされたことがあったのだが,「阪神間の地理」という本が そこに置いてあったので,これは良い出会いがあった, と,ほっこりした. そういう,非常につまらない瞬間にも,セコく知識を ゲットするために使う,みたいな.

そうであり,かつ,大儲けしない,というのは大変なのかもしれないが, 何に身をささげるかについて,経済・政治よりも学問・文化を志向していれば, そんなに変なことにはならないのではないかと思う.

変わりたい,って人も世の中には多いかもしれない. テレビを見てたら,目を二重にするために手術するという人が 増えているということだった. 見た目を気にするのは,とても良いことだと思う. 文化的な生活の第一歩だし. 自分自身は,全くお金はかけないけど.たとえば 歯の矯正をするとか,メイクを頑張るというのは,素晴らしい.

けど,変われない,という人も多いし, 変わりたくないって人も,それなりに居るのではないかと想像する. でも,結構多くの人が変わってしまうのです. これは,リンク集を見ていて思ったこと. 自分自身も,見た目は変わってるし,中身も変わっている のかもしれない.だから他人のことは言えないけど, 自分が自分に対して「変わってません」と言える状態で い続けること,は可能なのではないかと思う次第.


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8 月 1: 公募

新しい特任講師の先生が着任されました. 今回は,公募をしました. CPML 的に,うまくいったのは,2007 年に某大飛び入学一期生を会社に受け入れる公募をして以来. 主要新聞に掲載されて大いに会社の宣伝になりました. あの年は,彼を採用できたので,これで何もしなくても一年間の業績を埋められると思ったものです(笑).

いえ,真面目な話.今の僕は民間あがりで信用がないし,大学も東大や京大じゃないので,分子シミュレーションの公募をかけても無駄だと思って,これまで外国人や知人の一本釣りしかしてきませんでした(実際は CPML に 2016 年に出したら,ガン無視されました 微笑).研究室も6年たって,第一期の2名がパーマネントのポストを得て出られて(これ自体,理論物理では特筆すべきことなのですが),そろそろ軌道に乗ったし,ってことで今回は公募をかけたら,凄い人が来てくださった次第.

で,愛知県民や音楽仲間の皆さんには「あるある」って感じですが,T 中高や KO のオケでヴァイオリンを弾いておられた,かなり「身近」っぽい方が来てくださった次第.いやはや,これは単なる偶然.まあ,ご縁というべきか.

人を探す,とくにスタッフを探すのは,めちゃめちゃ凄いエネルギーが必要です.研究室って,大企業とかじゃない,個人商店みたいなものだから余計に大事.年間一人と向き合ったらヘトヘトになる.2020年のコロナる直前はドイツまで行ったりフランス人を紹介してもらったり,大変でした.

ちなみに,学生集めには,そこまでのエネルギーはかけません.だって,最終的には学生の側が勝手にこっちを選ぶんだから.スタッフは違います.向こうもこっちを選びますが,こっちも相手を選べます.

公募で凄い人が来てくれたら本当に楽なのですが,それには6年かかった,ということです.明らかにうちより2ランク以上レベルの高い研究室で実績を積んで来られた方が来てくれて,大変嬉しいのです. 僕がお教えできるのは,産学連携をはじめとした実世界との折り合いの付け方くらいなものです.あ,あとトライボロジーもやってくれるということで.

ちなみに,うちの研究室は,良く誤解されますが,客員を含めたスタッフのバックグラウンドは理学部物理が4人,理学部化学が2人,あと化学工学と機械工学が1人ずつです.あと僕自身は学部は理物で院は理化.ってことで,スタッフ的には理学なのです.院生も理学が多いです.近所の工学部出身の人に「自分は基礎科学でワシヅさんは応用」みたいなカテゴライズをされると,実はイラっと来る(笑).

会社に理学が基礎科学がいらないという考えが間違いなのです.


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7 月 28: そうでもない

最近すごく嬉しかったことがありまして.それは,当研究室を卒業(修了)した OB 君が共同研究案件を持ってきてくれた,ということです.以前,走ってる共同研究に乗ってきたOBはいましたが,持ってくるのは1ランク上です.

企業の研究開発者になると,自分の名前で仕事をするようになる.それは,特許や論文という意味でもそうですが,業界内で「ああ,××社の○○さんね」という立場を作る,ということです.

それって,子供の頃に憧れるような演奏家や作曲家,あるいは何かアウトスタンディングな才能がないとなれない立場じゃないか?って思ってたんですが,そうでもないのです.

この「そうでもない」感を,若い頃の自分に伝えたい.天才詩人とかに別にならなくても,自分にしかできない仕事を自分らしく実施できる.会社に入ることは人生の墓場じゃない.

今の僕の喜びは,そういう人びとを一人でも多く世に送り出すこと.同業者でも全くそういうことに喜びを見出さないというかむしろ逆の人もまあまあいて,僕は嫌われるんですが,いやいや,やることはこれでしょうって思う.


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4 月 4: ヴィオラを直した

実家にあったヴィオラを直しました. 30年くらい眠っていた父のヴィオラを弾いてみました.元の楽器の弓はボロボロなので,息子のチェロの弓です.弦は新しく張り替えました. ヴィオラって,前から思ってたんですが「C線が主役」ですね,やっぱり.不思議と,ヴァイオリンのE線やチェロのA線みたいに「高くて張りのある方を弾きたく」ならない.何か弾いてても,C線に戻ってきたくなる.これがアルト,なんだな,アルト.

バッハ無伴奏




適当に即興



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3 月 27: ベートーヴェン的にはあと5年

先日,学位記授与式があって,ワインをいただいた.なんと自分が生まれた年のであるから 半世紀ほど経ってるわけである.こりゃびっくり. というか,最近は何事も個人情報が云々という考えが浸透しているので, 「研究室のウェブページの先生の高校の卒業年を見て,何年生まれかを推定しました」 と言われてビビった.なるほど,でも,それだと 71 年生まれかもしれないのだが.

で,70 年生まれということでベートーヴェンのちょうど 200 年後なので, ときどき,ベートーヴェン的な年暦を考えることがあった. 若い頃は,20 代前半とかについては,モーツアルトに比べると,はるかに この人は遅いデビューなので,余裕があった. 本 What's New! をはじめたのが 1996 年なので,ちょうど チェロソナタの作品 5 の 2 曲を出版した頃だ. で,今年は 22 年になったので,チェロソナタは 15 年にとっくに終わってて, 交響曲は既に第九のみ,ピアノソナタも今年,最後の 32 番を書かねば!なのです. 僕はまだピアノソナタは 1 曲も書いてないのに.晩年だぜ晩年. あ,だから「後期」と評論家は書いてるのか.

ともかくまずい.あと 5 年というわけだ. 芥川賞作家の田中慎弥さんが,自分の父親が 30 代で亡くなってるので, どうせ自分もそのあたりで死ぬだろう. だから,母親の世話のもとで仕事もせず思いっきり小説だけを書いた, という話をされていた(と思う). わしは,父親が 59 歳で亡くなっているので, さすがに仕事をしないとまずい,と思った. そこは大きな違いなのだが,どうせ父親と同じ時間しか 生きられない,と考えていたんだこの人も,と思って感動した. ともかくも,そのカウントでいくと 29 か 30 年に他界することになる.

それにしても,さっき,このページを久しぶりに編集してて思ったのだけど, ベートーヴェンのほぼキャリア全部の分だけウェブ日記を書いたわけか. それにしては密度が低い,かも. いや,意外に音楽についていろいろ書いた,かも.


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2 月 11: 研究室開設10年

研究者にとって「自分の研究室」をいつ持つのかは,それなりに大事なような気がしますが,FWG(フロンティア鷲津グループ)を立ち上げたのが2012年の2月なので,ちょうど10年です.皆様に多謝です. 当時のことを思い出すと,本棚を買ったり,部署の歓送会をやったり,いろいろ忙しかったです.実は今日,自分の学生の修論に関して元メンバーの方にメール書きました.まだ,ご縁があります.

それにしても,上述の通り自分の研究室を持ったのは40歳を超えてからなのですが,「独立して研究を始めた」のは2001年の30歳からです.会社に入ったけど,周囲は全員実験家だったので,分子シミュレーションの業務は自分ひとりで全部決めて進めていたので.独立してオリジナリティを発揮するのは,本当に大事です.当時は,企業にこんな世界があるのだと感動しました. 何度か書いていますが,「自分の研究」をやる環境は,大学や国研だけではありません.とくに理論物理の方は注意していただけたらと思います. で,僕も今,自分の研究室のスタッフには,なるべく独自性を持って研究を進める環境を作ろうとしていますが,全てうまくいくわけではありません.一方で,旧来の小講座制(教授,准教授,助教2人みたいな)のメリットもあります.悩ましい問題だと思います.

んで,目下,作ろうとしている循環はメンバーの「特任or客員教員からパーマネントへの転職」です.学生を良い企業に入れることは当然ですが,スタッフがいつまでもポスドク的な立場だと,いけないです.この4月は,6年間支えてくれた2名のスタッフが大学や高専のパーマネント職として栄転されることになりました.研究資金が尽きて不本意に研究グループを解散する恐怖とずっと戦ってるわけですが,無事に時が経って,5年程度という,大沢文夫先生もいってる「共同研究をするにはちょうど良い時間」(飄々楽学)を経て次のステップに進んでいただくことは,本当に何よりです.分子シミュレーション業界という,異様に,芸能界並みに生き残るのが難しい業界では奇跡的とも思います(当研究室は,学生はトライボロジー,先生は分子シミュレーション業界).お二人の先生が生き残るのは,ご本人たちの能力的には当然なのですが,運やマネージメントもそれなりに大事だと思いました.世界トップクラスの研究室では決してないのに,この状態を実現することの難易度は,多分,この業界の若手の皆さんにも伝わると思います.ということで,良い人材が次にも集まることを期待したいわけです.ということで,良い循環が生まれる気配がしているので,それを大事にしたいです.


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1 月 31: 阪神間モダニズムと神戸のスパコン文化

高校生の皆さんのためにスパコンを使った摩擦の研究を紹介する動画を作った. サイエンスフェアという科学文化祭のようなものを毎年,ポートアイランドで 実施してきたのだが,今年はオンサイトで実施できないということで, その代わりに会場を提供した本学の研究紹介をして欲しいということで, 修士 1 年生 5 人の研究紹介を中心に動画を作った. 別に神戸の高校生だけを意識したものではないので,後ほど公開できればと思う.

最近は,アクティブラーニングや高大連携が大変意識されているので, 昔に比べて中等教育から研究業界へのアクセスが大変良くなった. なので,受験勉強の先に何があるのか,については判りやすくなってきている. 一方で,受験関係のネットの情報を見ていると,数学や理科は ひたすら子供をセレクトするための装置,としてしか本気で 考えていない人々も,ぶわっといて,立ち眩みがする. 自分の子供などは,オリジナリティ溢れる,マイウェイでしか勉強しようと しないので,超高速で得点していく友人たちに追いつけなくて気の毒だ. まるで,自分そっくりで困る.しかし,大人になったら, そういう姿勢にも利点があるので継続して欲しいと思うわけだが.

超高速でもオリジナルでも構わないのだが, 勉強したり習い事をしたりすることの行きつく先は文化なのだ, ということを忘れてはいけない. 先日,息子のチェロの先生が大澤壽人のチェロソナタを演奏された. 大澤壽人は,阪神間モダニズムを代表する作曲家の一人で, 最近は交響曲やピアノ協奏曲について, フランスの 6 人組に全然負けてないモダンでオシャレな作曲家が 日本にも居たんだ,と再評価されている. で,チェロソナタは,わしも 聞いたことがなくて是非聞きたかった(が行けなかった). チェロを弾くにしても,コンクールに出場したり 名門音大に入学したりするのはプロセスの一部でしかなくて, 最終的にはコンサートでこういう曲を演奏するのが 真の文化的な行為なのだと思う.

ポートアイランドで分子シミュレーションを続けるのも, 学校の定員を充足させるとか,「やってる感」を出すとか, ましてや出世するための道具であるとか,ではなくて, 2011 年に京コンピュータが稼働してから,ここが世界で一番の スパコンのメッカになったので,すなわちスパコン文化の 中心地となったので,それを育てていく,というのが 唯一無二の使命なのである. 10 年経って,これが当たり前になりつつある. Twitter で某社の宣伝でわしの顔が沢山出てきたようなのですが, 何をやっているかというと,スパコン文化を育てているのである.



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